ロングビーチ (哨戒フリゲート)

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ロングビーチ
USS Long Beach (PF 34).jpg
基本情報
建造所 コンソリデーテッド・スチール
経歴
起工 1943年3月19日
進水 1943年5月5日
就役 1943年9月8日
退役 1945年7月12日
除籍 1961年12月1日
その後 海上自衛隊に貸与
要目
基準排水量 1,430トン
常備排水量 2,415トン
全長 92.6m
全幅 11.4m
吃水 4.1m
機関 ボイラー3基 5,500軸馬力
タービン2基 2軸推進
最大速力 20ノット
乗員 170名
兵装 50口径3インチ単装緩射砲×3基
56口径40mm連装機銃×2基
70口径20mm単装機銃×9基
ヘッジホッグ対潜迫撃砲×1基
片舷用爆雷投射機(K砲)×8基
レーダー SA 対空捜索用×1基
SL 対水上捜索用×1基
Mk.51 射撃指揮装置×2基
ソナー QBFまたはQJA 探信儀×1基
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ロングビーチ (USS Long Beach, PF-34) は、アメリカ海軍の哨戒フリゲートタコマ級フリゲートの1隻。艦名はカリフォルニア州ロングビーチおよびニューヨーク州ロングビーチに因む。その名を持つ艦としては2隻目。

艦歴[編集]

ロングビーチは海事委任契約の下 PG-142 (砲艦)として1943年3月19日にカリフォルニア州ウィルミントンコンソリデーテッド・スチール社で起工した。1943年4月15日に PF-34 (哨戒フリゲート)に艦種変更され、1943年5月5日にウォルター・ボイド夫人によって命名、進水、1943年9月8日に艦長T・R・ミッドトライイング沿岸警備隊少佐の指揮下就役した。

カリフォルニアでの整調後、ロングビーチは1944年1月12日にカリフォルニア州サンディエゴを出航し、オーストラリアケアンズに向かう。2月17日に到着し、上陸支援艇2隻をミルン湾からサデスト岬まで牽引、3月16日にアドミラルティ諸島マヌス島上陸に参加するカーター・ホール (USS Carter Hall, LSD-3) の護衛として出航した。3月18日にサデスト岬に戻り、ニューギニア付近で護衛艦としての任務に従事し、4月19日にアイタペ侵攻に参加する。その後8月6日にスハウテン諸島へ向けて出航、偵察および艦砲射撃を行い、ビアク島近辺の日本軍の抵抗を排除した。ロングビーチは8月31日にニューギニア沖での任務に戻った。

11月5日、ロングビーチは補給に向かう戦車揚陸艦隊の護衛としてレイテ島へ出航し、11月15日にレイテ湾に到着、21日にニューギニアに帰還した。12月15日に帰国の途に就き、パナマを経由して1945年1月25日にマサチューセッツ州ボストンに到着した。オーバーホール後、3月27日にアラスカに向けて出航、途中パナマ運河地帯バルボアで訓練を行い、1945年7月12日にアラスカ州コールド・ベイで退役、レンドリース法に基づきソ連海軍に貸与された。

ソ連海軍での任務後、横須賀でアメリカ海軍に返還されたロングビーチは1953年11月30日に日米船舶貸借協定の下、警備隊(後の海上自衛隊)に貸与され、しい (PF-17) として就役し、同年12月23日付で新編された第3船隊に編入された。海上自衛隊では、第2護衛隊群第3護衛隊に所属した。

1957年2月15日に、新たに建造される原子力ミサイル巡洋艦にその名を譲るため、ロングビーチの艦名は取り消され、9月1日には艦番号を PF-297 に変更された。1960年12月1日に新編された第3護衛隊群に旗艦として編入された。1961年12月1日にアメリカ海軍から除籍され、PF-34 は1962年8月28日に貸与から供与に変更された。「しい」は1967年3月31日に退役しYAS-44(保管船)に区分変更され、1968年3月31日に除籍、1971年7月12日、アメリカ海軍に返還され、その後スクラップとして処分された。

ロングビーチは第二次世界大戦の戦功で4個の従軍星章を受章した。

外部リンク[編集]