ギャラップ (哨戒フリゲート)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
USS Glendale and USS Gallup.jpg
艦歴
発注
起工 1943年8月18日
進水 1943年9月17日
就役 1944年2月29日
退役 1951年10月29日
その後 タイに貸与
除籍
性能諸元
排水量 基準 1,430トン
満載 2,415トン
全長 303 ft 11 in (92.6 m)
全幅 37 ft 6 in (11.4 m)
吃水 13 ft 8 in (4.1 m)
機関 ボイラー3基 5,500軸馬力
タービン2基 2軸推進
最大速力 20ノット (37 km/h)
航続距離
乗員 190名
兵装 3インチ50口径対空砲3門
40mm機関砲 4門
20mm機関砲 9門
ヘッジホッグ 1基
対潜爆雷投射機(Y砲)8基
爆雷投下軌条 2条

ギャラップ (USS Gallup, PF-47) は、アメリカ海軍の哨戒フリゲートタコマ級フリゲートの1隻。艦名はニューメキシコ州ギャラップに因む。その名を持つ艦としては2隻目。

艦歴[編集]

ギャラップは1943年8月18日にカリフォルニア州ウィルミントンコンソリデーテッド・スチール社で起工した。1943年9月17日にヘレン・マクマホンによって命名、進水し、1944年2月29日にサンペドロで艦長クレイトン・M・オップ沿岸警備隊少佐の指揮下就役した。

カリフォルニア州ニューポートビーチでの艤装およびサンペドロ、サンディエゴでの整調後、ギャラップは1944年6月1日にサンディエゴを出航し太平洋の戦場に向かった。途中対潜哨戒を行い、6月21日にニューカレドニアヌメアに到着、10月12日まで第43護衛艦隊と共にニューギニア、ニューカレドニアおよびオーストラリアでの護衛、哨戒任務に従事する。8月17日、ギャラップはビアク島のブルー・ビーチ(ワルド川北方の第41歩兵師団担当区域)で上陸支援のための砲撃を行った。ギャラップは上陸部隊が海岸を確保するまで砲撃を続けた。8月25日には再びメノエラとワラリ岬の間の海岸を砲撃し、ビアク島占領の支援を行った。

ギャラップは1944年10月12日にホーランジアを出航し、フィリピンに上陸するダグラス・マッカーサー将軍の部隊に加わった。10月17日にディナガット島の海岸に砲撃を行い、翌日にはレイテ湾へと通じる水路の掃討を行った。続いてブラック・ビーチ付近での対潜哨戒および対機雷哨戒を行い、上陸部隊を支援した。ギャラップはビスビー (USS Bisbee, PF-46) 、LCI(L)-343、LCI(L)-344、と共に沖合で潮汐および水路の情報を収集し、通報艦および護衛艦としての任務に従事、上陸作戦の間は湾の入り口で管制艦としての任務に従事した。この任務の間、天候の大半は荒天であった。その後11月28日にフンボルト湾での護衛任務に当たり、途中サンペドロ湾およびマヌス島のコソル・ロードに立ち寄った。12月3日、ギャラップは西海岸へ向けて出航し、ゼーアドラー湾アドミラルティ諸島真珠湾で乗客を降ろした。ギャラップがサンフランシスコに到着したのは1944年のクリスマスであった。

ギャラップは1945年1月9日にサンフランシスコを出航し、シアトル経由でアラスカ州ダッチハーバーに向かう。ダッチハーバーには1月20日に到着した。その後退役まで北太平洋の偵察に従事し、8月26日にコールド・ベイで退役する。翌日ギャラップはレンドリース法に基づきソ連海軍に貸与された。ソ連では「護衛艦」を意味する「EK」の略号を付与され、EK-19 の名で就役し、極東のパトロールに従事した。

ソ連海軍での活動後、1949年11月14日に横須賀でアメリカ海軍に返還され、同地で保管された。1950年10月18日に艦長ウィリアム・W・ボイド・ジュニア少佐の指揮下再就役し、相模湾での整調後姉妹艦のビスビーと共に11月23日に韓国興南に向かった。同地でギャラップはホークィアム (USS Hoquiam, PF-5) と港湾管制艦の任務を交替し、入港する友軍艦艇の護衛および監督、多くの難民に対する救難任務に従事した。

12月19日、ギャラップは釜山を出港し湾入り口での対潜哨戒任務に従事、12月31日に長崎県佐世保に向かう。1951年1月29日に再び朝鮮半島へ向かい、上陸作戦に先立ってKansangおよび高城郡に対して陽動のための砲撃を行う。

ギャラップは佐世保を拠点として作戦活動を継続し、船団護衛、偵察および釜山、元山、Chonjin、サングリー・ポイント、フィリピンのスービック湾への先導巡航を行った。1951年2月23日から25日にかけて元山に対しての支援砲撃を行い、その後は港湾管制艦としてハエ取り(ボート、潜水夫、特攻艇に対する)任務に当たった。3月14日に横須賀に帰還し、ギャラップはドック入りして広範囲な船体修理が行われた。その後も同様の任務を続け、10月6日に横須賀に帰還した。

ギャラップは1951年10月29日に横須賀で退役し、相互防衛援助計画の下タイに貸与され、Prasae の艦名でタイ海軍で就役した。

ギャラップは第二次世界大戦の戦功で2個の、朝鮮戦争の戦功で3個の従軍星章を受章した。

外部リンク[編集]