アスマラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
アスマラ市
ኣስመራ
アスマラ市街(2015年)
アスマラ市街(2015年)
アスマラ市の市章
市章
位置
アスマラの位置(エリトリア)の位置図
アスマラの位置(エリトリア)
アスマラの位置(エリトリア)の位置図
アスマラの位置(エリトリア)
座標 : 北緯15度20分 東経38度55分 / 北緯15.333度 東経38.917度 / 15.333; 38.917
行政
エリトリアの旗 エリトリア
 地方 マアカル地方
 市 アスマラ市
人口
人口 2003年現在)
  市域 約400,000人
その他
等時帯 東アフリカ時間 (UTC+3)

アスマラティグリニャ語: ኣስመራ Asmera英語: Asmara)は、エリトリア首都である。標高約2300mの高地に位置する。主な生産品は織物衣類ビールである。アスマラにはアスマラ国際空港があり、エリトリア第二の都市マッサワとはエリトリア鉄道で結ばれている。

歴史[編集]

アスマラは1870年代までは小さな村であった。1880年代エチオピアに併合されてからは、重要都市となり行政機関が置かれた。1900年イタリア領エリトリアの首都となり、1930年代にはイタリア様式の建築が多く立てられ、ピッコーラローマ(リトルローマ)と呼ばれた。1935年第二次エチオピア戦争が始まると、イタリアによって軍備が強化されたが、第二次世界大戦開戦後の1941年に連合軍がエリトリアに侵攻・占領し、1952年までイギリス軍政下に置かれることとなった。現在もイタリア時代に作られたヨーロッパ風の美しい街並みや、イタリア語の店名などが多く残っている。1952年から1962年までエチオピアと連邦制を布いたエリトリア国の首都だったが、1962年にエリトリア議会をエチオピア帝国の軍隊が取り囲み、エリトリアはエチオピアの一州であるエリトリア州となった。その後アスマラはエリトリア州の州都となった。

エチオピアからの独立戦争の際、アスマラ空港は重要拠点となり武器や物資がここから流入した。その後エリトリア人民解放戦線(現在の民主正義人民戦線)によりアスマラは解放され、国民投票により1993年にアスマラは正式にエリトリアの首都となった。

ギャラリー[編集]

大通り 
中心部 
教会 

姉妹都市[編集]

関連項目[編集]

北緯15度20分 東経38度55分 / 北緯15.333度 東経38.917度 / 15.333; 38.917