キガリ

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キガリ
Kigali
Downtown Kigali and papyrus marsh October 2012.JPG
位置
の位置図
座標 : 南緯1度56分38秒 東経30度3分34秒 / 南緯1.94389度 東経30.05944度 / -1.94389; 30.05944
歴史
建設 1907年
行政
ルワンダの旗 ルワンダ
  キガリ州
 市 キガリ
市長 Aisa Kirabo Kacyira
地理
面積  
  市域 730 km2
標高 1,567 m
人口
人口 (2012年現在)
  市域 1,132,686人
    人口密度   1,600人/km2
その他
等時帯 中央アフリカ時間 (UTC+2)
夏時間 なし
公式ウェブサイト : www.kigalicity.gov.rw

キガリルワンダ語: Kigali)は、ルワンダ首都。ルワンダのほぼ中央に所在し標高1433mから1645mと高地に位置し、人口は約113万人(2012年)。

概要[編集]

キガリ山
キガリ・シティ・タワー

ドイツ植民地時代の1907年に開かれ、以後ベルギー領時代を通してルワンダの中心都市であった。1962年にルワンダが独立した際に、首都に指定される。キガリ市は、ルワンダ全体がそうであるように、いくつかの丘から構成されていて、中心はキヨブ (Kiyovu) 地区、カチル (Kacyiru) 地区の丘の上部地域となる。旧都心のキヨブ地区には大統領官邸や多くの商店が集まり、新都心であるカキィル地区には国会議事堂、いくつかの中央省庁や大使館が位置し、その他の地区や丘の下部は概ね住宅街となっている。

なお、映画ホテル・ルワンダのモデルとなったオテル・デ・ミル・コリンは、キヨブ地区に所在する。また、近くではが採掘されており、1980年代に精錬工場が作られた。

1994年のルワンダ虐殺が発生した際には、市内で銃撃戦が発生するなど治安が悪化した。2000年代に入ると、ポール・カガメ大統領の政策によって好調なルワンダ経済に支えられ、中国企業[1]などによってルワンダで最も高いランドマークキガリ・シティ・タワー英語版をはじめとする近代的な建物や道路が建設されて市内の光景が変わった[2][3][4]

歴史[編集]

キガリは植民地時代より政府の分室が置かれていたルワンダの中心都市であった。しかし植民地政府の本部はそもそも隣国ブルンジブジュンブラにあり、中心都市といってもその規模は小さく、独立時点で人口は1万人ほど、商業の中心地もキガリではなく南部のブタレ(当時人口1万5千人ほど)であった。[5]

ルワンダ独立後は、首都として急速な発展を遂げ、2012年時点で人口は約113万人となっている。

交通[編集]

キガリ国際空港は、キガリ市中心から約10キロ離れた郊外のカノンベ (Kanombe) に位置する。

画像[編集]

出典[編集]

関連項目[編集]