ナシム・ニコラス・タレブ

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ナシーム・ニコラス・タレブ
Nassim Nicholas Taleb
生誕 1960年
レバノンの旗 レバノン アミュン
居住 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
研究分野 数学者、文筆家、哲学者、元金融トレーダー
研究機関 Polytechnic Institute of New York University(en)
出身校 ペンシルベニア大学ウォートン・スクールMBA)、パリ大学(第9、Ph.D.
博士課程
指導教員
Hélyette Geman
主な業績 ブラック・スワン、反脆弱性、運、無作為性と認識に関する研究、統計についての哲学、金融危機やウイルスのパンデミックを事前に警告
プロジェクト:人物伝
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ナシム・ニコラス・タレブ: نسيم نيقولا نجيب طالب‎、: Nassim Nicholas Taleb、1960年 - )は、数学者、随筆家[1]認識論者、リスク管理の研究者・専門家、哲学者であり、かつては金融トレーダーだった。ニューヨークウォール街でデリバティブトレーダーとして長年働き、その後リスク管理と認識論の研究者となった。主に、理解していない世界でどのように暮らし行動すべきか、偶然性と未知のことにどのように真剣に取り組むか、などを研究しており、予期しない稀な現象に関するブラック・スワン理論などを提唱している[2]。また、2008年に始まった金融危機の後でブラック・スワン・ロバスト・ソサイエティ[3]を立ち上げ、活動している[4][5]

天下の変わり者として知られ、incerto(インケルトー)と呼ばれる5冊の不確実性に関するエッセイの作者である。その中で最も有名な本が『ブラック・スワン』である。5冊のエッセイはそれぞれ『まぐれ』『ブラック・スワン』『プロクルステスのベッド』『反脆弱性』『身銭を切れ』であり、その執筆スタイルは、非常に特殊で、しばしば自伝的な口語調のフィクションや哲学的物語に歴史的または科学的注釈を加えたものである。『ブラック・スワン』は、イギリスの『The Sunday Times』誌の『戦後最も大きな影響を与えた12冊』に選ばれた。

経歴

レバノンアミュン英語版生まれ。家族は、父方も母方もレバノンのギリシャ正教徒の重鎮的一族であり、政治的にも要職を務めてきた家系であった。しかし、1975年からはじまったレバノン内戦によって、その地位や富を失った。母方の祖父と曽祖父は、どちらもレバノンの副総理大臣を務めたことがあり、父方の祖父は、最高裁判事である。また、祖先には、オスマン帝国統治下で、「山岳レバノン県」という自治区の総督を務めた者もいる。

少年時代は大変反抗的である一方、読書好きで、文学や哲学などさまざまな本を読み漁った。パリ大学では、科学の学士号と修士号を取得し[6]ペンシルベニア大学ウォートン・スクールでは、MBAを取得した。また、パリ大学(ドフィーヌ)では、 Hélyette Geman に師事し[7]、経営科学の博士号を取得している[8]

また、タレブは語学に堪能である。英語フランス語、古典アラビア語で読み書きをすることができるだけでなく、イタリア語スペイン語で会話もできる。また、ギリシア語ラテン語アラム語古典ヘブライ語カナーン語の文書を読むことができる[9][10]

金融業界での経歴

タレブは、自分自身のことを無作為性の認識論者であると捉えており、金融トレーダーの仕事は、権威からの独立と自由を得る手段と考えていた。このことは、2001年に出版された処女作 『まぐれ』 にも書かれており、同書はウォール街でカルト的人気を博した。[11]

タレブは、金融トレーダーとして、リスクや不確かさの定量化に関して、懐疑的なアプローチを取っている。彼は、安易に構築された数理モデルや統計学モデルには深い不信感を抱いており、金融関係の学界、特に経済学者を軽蔑している。タレブは、過去にさまざまな職を転々としている。例を上げると、①UBSの取締役兼専任トレーダー、②CS-First Bostonでの、通貨、商品、ドル以外の確定利付き証券などの裁定取引デリバティブトレーダーの国際責任者、③インドスエズ銀行の為替デリバティブの主任トレーダー、④CIBC-Wood Gundyでの取締役兼金融オプション裁定取引の国際的責任者、⑤Bankers Trustでのデリバティブ裁定取引トレーダー、⑥BNPパリバでの専任トレーダー、⑦シカゴ・マーカンタイル取引所での独立オプション市場の開発、などである。1999年、トレーダーとして引退した後に、 Empirica LLC という金融ファンドを創設した。しかし、2004年にはそれもやめて、文筆業と研究に専念するようになった[12]。現在は、Empiricaでパートナーだった Mark Spitznagel が創設したファンド Universa Investments のアドバイザーを務めている。

作家および研究者としての経歴

タレブは、2004年にフルタイムの研究者となり、大学教授および作家を仕事としている。現在はニューヨーク大学工学部タンドン校英語版で、リスク工学の教授を務めている[13]。また、ロンドン・ビジネス・スクールでは、客員教授を務めている。以前には、マサチューセッツ大学アマースト校で教授(不確かさの科学)、ニューヨーク大学で助教授(数学)、ウォートン・スクール金融研究センターの職員なども務めた。

無作為性の研究と理論

タレブは自身を「懐疑的経験主義者」と称している。しかし、

  1. タレブの懐疑主義は、他の懐疑主義者とは異なり、「経験的観測からは稀な事象が必ず発生する確率を計算することはできない」という点に関心が向けられており(黒鳥理論)、科学的知識が有用であることは認めている。タレブは、人間は不都合な結果を考えず、物事にだまされやすいと主張する(「凡庸派」[14])[15]
  2. タレブの経験主義は、データから一般化することに抵抗することと、観測するときに一般原則だけから考えていると隠れた属性を見逃すかもしれないということを示唆している。彼は、科学者も経済学者も歴史学者も政治家もビジネスマンも資本家も、「パターン」という幻想でしかないものの犠牲者だと信じている。そういう人々は、過去のデータを合理的に説明することの価値を過大評価してしまい、データの中にある「説明できない無作為さ」の影響を軽く見る傾向がある。
  3. タレブは「黒鳥堅牢性」[16]というコンセプトを中心とした社会構築を主張する。それは、特に彼が「過激派」[17]と呼ぶ種類の事象について、複雑系の低い予測可能性と関連した相互依存の影響を低減させる、というものである。

タレブは、ソクラテスセクストス・エンペイリコスガザーリーピエール・ベールミシェル・ド・モンテーニュデイヴィッド・ヒュームカール・ポパーと続く懐疑主義者の長い系譜を踏まえて、我々は自分で思っているほど物事を知らず、未来を予測するために、むやみに過去を使うべきでないとした。さらに、タレブは、「不完全な理解と不完全な情報の下での行動をどうすべきか」という意思決定フレームワークを生み出した。その後、タレブは、無作為性の哲学や、科学や社会での不確かさの役割を研究するようになり、好ましいかどうかに関わらず、特に重大な影響を及ぼす無作為な事象を主題としている。タレブは、これをブラック・スワン と呼び、歴史の流れを決定付けているとする。

タレブは、多くの人々がブラックスワン (黒い白鳥) を無視していると考えている。すなわち、人間は、世界が何らかの構造を持ち、普通で、理解可能なものだと見るような傾向があるという。タレブは、これをプラトン的誤り[18] と称し、その結果、次の3つの歪みが生じるとしている。

  1. 物語の誤り[19]: 後付けでストーリーを構築し、事象に特定可能な原因があると思い込む。
  2. 滑稽な誤り[20]: 実世界に見られる構造を持たない無作為性がゲームなどに見られる構造化された無作為性に似ていると思ってしまう。タレブは、ランダムウォークモデルやそれに関連する確率論に批判的である。
  3. 統計的回帰の誤り[21]: 確率の構造は、一群のデータから導出できると思い込む。

また、タレブは、人間の行動原理には不透明さの3つ組[22]があるという。それは、以下のようなものである。

  1. 現在の事象を理解しているという幻想
  2. 歴史的事象への遡及的歪み
  3. 実際の情報の過大評価と、それに関連した知識人の過大評価[23]

タレブは、大学は知識を創造することよりも、広報や資金集めが得意だと考えている。知識や技術を生み出すのは、彼が確率的ないじくり回し[24]と呼ぶものがであって、トップダウンの研究が生み出すことはないと主張する[25][26][27]

タレブは、社会科学の一般理論に反対している。彼は、実験や事実の収集は支持するが、データの裏づけがない机上の理論を利用することに反対している。彼の研究自体は、厳密に技術的であり、定量的分析も定性的論証も行っている[28]

タレブは、自身の考え方を「理論」と呼ばれることを好まない。彼は、汎用的理論やトップダウンの考え方に反対している。そのため、ブラックスワンのことを「理論」だと言ったことは一度もない。そのため「ブラックスワン理論」[29]という言い回しではタレブにとっては矛盾してしまう。2007年の著書『ブラック・スワン』では、「反理論」[30]または「ブラックスワンのアイデア」[31]と呼んでいる。

タレブは、経済理論にまつわる学術的雰囲気も好まない。彼は「The pseudo-science hurting markets」という記事の中で、[32]、経済理論から受ける損害は破壊的であるとして、ノーベル経済学賞の廃止を主張している。

滑稽な誤り

タレブは著書『ブラック・スワン』の中で「滑稽な誤り」ついて、次のように書いている。

  • 『我々は、有形なもの、確認できるもの、触れるもの、具体的なもの、見えるもの、既知のもの、明らかなもの、社会的なもの、埋め込まれたもの、感情を込めたもの、目立つもの、紋切り型なもの、動くもの、芝居じみたもの、化粧、公式なもの、学者風の用語 (b******t)、尊大な経済学者、数学化されたゴミ、飾ったもの、アカデミー・フランセーズ、ハーバード・ビジネス・スクール、ノーベル賞、黒いビジネススーツと白いシャツとフェラガモのネクタイ、進展する会話、けばけばしいもの、といったものを好む。とりわけ、我々は物語られたことを好む。』
  • 『我々―現在の人類―は、抽象的なことを理解する力に欠ける。我々には、文脈が必要である。無作為性と不確かさは、抽象概念である。我々は、起きたことを尊重し、起きたかもしれないことは無視する。言い換えれば、我々は、浅く表面的であることが自然であり、本質を知らない。これは、心理学的問題ではない。これは、情報の主たる属性に起因している。月の陰の部分は、見えにくく、そこを照らそうとすると、エネルギーを必要とする。同様に、見えない部分に光を当てようとすることは、概念的にも精神的にも、エネルギーを要する。』

世界金融恐慌の警告

タレブは著書『ブラック・スワン』の中で、次のように書いている[33]

  • 『グローバリゼーションによって、不安定性が低減され、安定性が増したものの、相互に連動した脆さが生まれた。言い換えれば、それは、破壊的なブラックスワンを生み出す。我々は、かつてないような世界的崩壊に直面している。金融機関は、より少数の極めて大型の銀行へと統合していった。ほとんど全ての銀行が、相互に関係している。金融業界のエコロジーは、巨大化し、相互に連携し、官僚的な銀行で占められ、ひとつの銀行が失敗したら、全てが巻き込まれる。銀行の統合は、金融危機を発生しにくくする効果があると見られているが、一旦危機が発生したら、その影響はより大きくなり、我々に跳ね返ってくる。我々は、さまざまな貸し出し方針の小さい銀行群のエコロジーから、それぞれが相互に似ている均質なフレームワークへと移行した。今のところ大きな失敗はないが、もしそれが起きたら…私は恐ろしくて震えが止まらない。』
  • 『政府が出資する金融機関ファニー・メイの抱えるリスクを見たところ、ダイナマイトの上に座っているようなもので、ちょっとしたしゃっくりでも危険である。しかし、心配には及ばない。ファニー・メイが抱える多数の科学者スタッフが、そんなことは起きないと考えているからである。』

2007年から2008年の金融危機での成功

タレブは、2007年からの世界金融危機の間に数百万ドルの利益を上げ、2008年には統計学者らに一矢報いた。タレブは、この金融危機は、金融における統計的手法の間違いから来ているとしている[34][35]。タレブがアドバイザーを務める Universa では、約20億ドルの“Black Swan Protection Protocol”で、2008年10月に65%から115%の利益があったという[36]

タレブは、以前から金融危機を警告していたことに加えて、金融危機で金銭的に成功したことで、世間からの注目を集めた。多数の雑誌の表紙を飾り、テレビ番組への出演も増えた[37]。タレブは、2009年のダボス会議で、銀行家に厳しい言葉を浴びせ、一種のスターとして扱われた[38][39]

タイムズ』誌の Bryan Appleyard の記事では、タレブを「今世界で最も熱い思想家」としている[37]ノーベル賞受賞者ダニエル・カーネマンは、「タレブは、人々―特に金融業界の人々―が不確かさについて考える方法を変えた。彼の著書『ブラック・スワン』は、人間が予期しない事象を捉える方法を独創的かつ大胆に分析している」と述べている[40]

パンデミックに対する警告、2020年の新型コロナウイルスの拡散開始時期における提言

タレブは著書『強さと脆さ』の中などでたびたびパンデミックに対する警告を発してきた。たとえば次のように書いていた。

私はグローバリゼーションを止めろ、旅行を禁止しろなんて言ってない。副作用やトレードオフにも注意しないといけないと言っているだけだ。でも、そういうことさえ気を配る人はほとんどいない。とても奇怪で強烈なウイルスがこの惑星全体に蔓延する、そんなリスクを私は感じる[41]

悪い黒い白鳥が生まれることが多い一方、よい黒い白鳥は生まれない環境(負の歪度を持つ環境と呼ぶ)では、確率の小さい事象が起こす問題はいっそうひどくなる。なぜか?明らかに、破滅的な事象は必然的にデータから欠落している。変数が生き延びて続いているということ自体が、これまでそういう事象が起きていないことを示している。だからそういう分布を観察していると、安定性を過大評価し、ありうるボラティリティやリスクを過小評価しがちになる。この点——物事一般にはバイアスがかかっていて、過去を振り返れば安定していてリスクは低いように見え、おかげで私たちはいつかびっくりすることになる——は、医療の分野ではとくに肝に銘じておくべきだ。疫病の歴史はあまり研究されていないが、この星を揺るがすような大流行が起こるリスクを示唆する要素は見られない[41]

中国で新型コロナウイルスが感染拡大し欧米でも感染者が出始める中、2020年1月26日、タレブはニューイングランド複雑系研究所の研究員であるジョゼフ・ノーマン、同研究所のプレジデントであるヤニア・バーヤムとともに、この感染拡大に対し各国が取るべきいくつかの原則に関する論文[42]を発表した。

論文の内容

この論文では

  • 一般的な予防原則
  • ナイーブな経験論

について述べている。一般的な予防原則とは以下のようなものである。タレブらによれば、パンデミックはファットテールプロセスであり、「ファットテールプロセスには特別な特性があり、従来のリスク管理アプローチでは不十分」である。これは「ある種の破産の問題」であり、一般に「破滅への暴露は(寿命が制限されている個人とは違い)システム的、集団的なレベルでは決して取ってはいけない」と諭す。なお、「この予防原則が適用されるのは、リスクがエルゴード的ではないため、従来の統計的平均が無効な場合」である。

ナイーブな経験論とは、経験論に基づくいくつかの理由で、今回のパンデミックに対する脅威認識に下方バイアスがかかっていること、および効果的な対処方針が取られない可能性があることを指摘するものである。ナイーブな経験論に陥る具体的な因子として

  • 近年の交通手段の増加による接続性の向上による拡散率の向上
  • 新たな拡散イベントは必然的に起こるという将来の不確実性
  • 実施されたポリシーが有効かどうかに大きな影響を与える、ウイルスの特性に関する不確実性

などを挙げている。拡散率については「ウイルスの伝染イベントは物理的空間におけるエージェントの相互作用に依存」する。そして「新たなアウトブレイクは必然的に起こるという将来の不確実性を考慮すると、一時的に接続性を低下させて感染した可能性のあるエージェントの流れを遅らせることは、ウイルスや他の病原体の特性の誤推定に対して唯一の健全なアプローチであると言える」。ウイルスの特性の不確実性とは「例えば、感染性のある無症候のキャリアが存在するかどうかなど」である。そして「これらの不確実性により、主要港湾での温度スクリーニングなどの対策が望ましい効果をもたらすかどうかが不明確になる」。

なお、政策担当者の態度については「これらの課題のためか、一般的な公衆衛生の対応は、何もできないという信念があり、何が起きても受け入れるという宿命論的なものである」と述べ、「正しく選択された臨時の介入の影響力は非常に高くなる可能性があるため、この反応は正しくない」と、一般的な信念とは逆に、介入が効果的であることを強調している。

結論では

  • 隔離、接触者追跡、モニタリングなどの標準的な個人規模の対策は、集団感染に直面した場合には急速に圧倒されてしまうため、パンデミックを阻止する上ではこれに頼ることができない。
  • 集団的境界や社会行動の変化を利用した接触ネットワークの抜本的な刈り込み、およびコミュニティの自己監視を含むマルチスケールの集団アプローチが不可欠である。
  • 短期的には移動を低下させるのにはコストがかかるが、それに失敗すれば、最終的にはすべてを犠牲にすることになる。アウトブレイクは避けられないが、適切な予防的対応を行うことで、地球全体のシステミックリスクを軽減することができる。
  • 政策決定者や意思決定者は迅速に行動しなければならず、取り返しのつかない大災害の可能性に直面した際に不確実性を適切に尊重することは「パラノイア」にあたるという誤解、あるいは逆に何もできないという誤った考えを避けなければならない。

と結んでいる。

2020年パンデミックにおける成功

2020年4月9日、ブルームバーグは、タレブが助言するテールリスクファンド「ユニバーサ・インベストメンツ」の同年3月の運用成績が+3,612%となったことを報じた[43]。タレブは、ブルームバーグの取材に対し、「コロナウイルスの発生のようなパンデミックは予測可能であり、ヘッジされなかった投資家は急な損失で代償を払った」とコメントした。[43]また、「新型コロナウイルスのパンデミックは、ブラックスワンではなくホワイトスワンだ」とコメントしている。

オーストリア学派に連なる数理モデルに対する見方

タレブは、数理モデルを批判しており、それらが限界効用理論を前提とするオーストリア学派の経済観に沿ったものだという見方をしている。彼は、トップダウンの知識を学界の幻想だとし、価格形成は有機的過程に従うとしている[44]。Espen Gaarder Haug と共同執筆した論文で[44]、「オプション価格は、オペレータのヒューリスティックによって決定されるのであって、数理モデルによって決定されるのではない」と主張し、数理モデルは「鳥に飛び方を教えるようなもの」だとした。ただし、「オプション取引では、鳥がそれを聞いているかもしれない」と言っている。著書 "Lecturing Birds on Flying: Can Mathematical Theories Destroy the Financial Markets?"(Wiley Publishing (2009)[45])の中で、 Pablo Triana は、Haug の論文とタレブの論文とブラック=ショールズ=マートンのモデルへの評論を参照しつつ、このテーマを追求している。

批判

タレブは、統計学者は疑似科学者になりうると主張している。すなわち、金融危機が発生したとき、統計学者は、複雑な方程式を持ち出して、自らの無能さを隠蔽しようとするというのである。これに対して、何人かの統計学者は、批判をした。

タレブによれば、これまで公表されたタレブ自身への批判は、タレブの考え方を直接批判するものではなく、人柄やスタイルを批判するものだったという[46]アメリカ統計学会は、2007年8月の学会誌を The Black Swan 特集とし、タレブに対する賞賛と批判が掲載した。しかし、その多くは、タレブの執筆スタイルや統計学の扱い方に関するものだった。たとえば、Robert Lund は、「(Black Swan は)時に無謀であり、大言壮語が多い。プロの統計学者から見れば、全面的に素朴な考え方だとわかる」と書いている[47]Aaron Brown は、「この本を読むと、タレブがノンパラメトリック手法、データ解析、視覚化ツール、ロバスト統計といったことを1度も聞いたことがないように思われる」[48]としたが、彼はまた同書を「必読書」とし、「重要な哲学的かつ数学的真理」に到達するために、この侮辱行為を見ておくことを統計学者に勧めている。また、Westfall と Hilbe (2007) は、同書を賞賛しているが、タレブの批判は「事実無根であることが多く、時には法外である」と批判している[49]。タレブの攻撃的執筆スタイルに対しては、「(タレブが)描く作家や専門家は、ほとんど例外なく、悪者か馬鹿である。彼の作品は、見当はずれな世間話のようなもので、堅い論文には程遠い」などとしている[49]。タレブは、同書はあくまで文芸書であり、参考文献や自身の学術論文などを無視して批判しているとして、そうした批判を学界による「悪意」だと非難した[46]

統計学者 David Freedman は、「重大な結果をもたらす非常に稀な事象が、従来の統計学では軽く扱われている」というタレブの主張に対して、「統計学者の反論には説得力がない」と述べた[50]

タレブは、Charlie Rose というテレビ番組におけるインタビューで、「The Black Swan に対する批判は、どれも本質的なものではなく、人身攻撃や表現への攻撃でしかないことが嬉しい」とし、「金融における統計的手法が崩壊する方に、多額の賭けをするのが最善だと確信した」と語った[51]

タレブとマイロン・ショールズは、互いに相手を攻撃したことがある。タレブは、「2008年の金融危機の責任は、ショールズにある」とし、「あいつは、引退して数独でもしていればいい。奴のファンドは、2回もダメになっている。奴にリスクについて講義をする資格はない」と述べている[5]。ショールズは、タレブは単に「アイデアを大衆化し、本を売って金儲けしただけだ」と言い返した。また、ショールズは、タレブは先人の成果を全く引用せず、そのために学界ではまともに受け取られていないと主張した[52]。タレブは、 "The Black Swan" の内容に関する自身の学術論文の一覧を示し、「学界は、これらにコメントすべきであり、文芸書に学術的コメントをすべきではない」と述べている[46]

著作

書籍

  • Taleb, Nassim Nicholas (2001). Fooled by Randomness: The Hidden Role of Chance in Life and in the Markets. New York: Random House. ISBN 0-8129-7521-9 
  • Taleb, Nassim Nicholas (2005). Le Hasard Sauvage. Paris: Les Belles Lettres. ISBN 2-251-44297-9  Fooled by Randomness のフランス語版だが、英語版とは内容が若干改訂されている。
  • Taleb, Nassim Nicholas (2007). The Black Swan: The Impact of the Highly Improbable. New York: Random House. ISBN 978-1-4000-6351-2 
    • 『ブラック・スワン:不確実性とリスクの本質(上・下)』望月衛訳、ダイヤモンド社、2009年
    • 同書の2010年の第二版に追加されたエッセイは、次のタイトルで別に訳され刊行されている。
      『強さと弱さ:ブラック・スワンにどう備えるか』望月衛訳、ダイヤモンド社、2010年

共著

学術的出版物

  • Taleb, Nassim Nicholas (1997). Dynamic Hedging: Managing Vanilla and Exotic Options. New York: John Wiley & Sons. ISBN 0-471-15280-3 
  • Taleb, N. N. (2004) Bleed or Blowup: What Does Empirical Psychology Tell Us About the Preference For Negative Skewness? , Journal of Behavioral Finance, 5
  • Taleb, N. N. (2004) “These Extreme Exceptions of Commodity Derivatives.” in Helyette German, Commodities and Commodity Derivatives. New York: Wiley.
  • Taleb, N. N. (2004) “Roots of Unfairness.” Literary Research/Recherche littéraire. 21(41-42): 241-254. [8]
  • Taleb, N. N. (2004) “On Skewness in Investment Choices.” Greenwich Rountable Quarterly 2.
  • Taleb, N. N. (2004) "I problemi epistemologici del risk management " in: Daniele Pace (a cura di) "Economia del rischio. Antologia di scritti su rischio e decisione economica", Giuffrè, Milano
  • Taleb, N. N. (2005) "Fat Tails, Asymmetric Knowledge, and Decision making: Essay in Honor of Benoit Mandelbrot's 80th Birthday." Technical paper series, Willmott (March): 56-59.
  • Derman, E. and Taleb, N.N. (2005) The Illusion of Dynamic Replication, Quantitative Finance, vol. 5, 4
  • Taleb, N. N. (2006) "Homo Ludens and homo Economicus." Foreword to Aaron Brown's The Poker Face of Wall Street. New York: Wiley.
  • Goldstein, D.G. and Taleb, N.N. (2007) We Don't Quite Know What We Are Talking About When We Talk About Volatility, Journal of Portfolio Management, Summer 2007.
  • Taleb, N.N. (2007) "Black Swan and Domains of Statistics", The American Statistician, August 2007, Vol. 61, No. 3
  • Taleb N.N.and Pilpel, A. (2007)Epistemology and Risk Management, "Risk and Regulation", 13, Summer 2007
  • Taleb, N. N. (2008) Infinite Variance and the Problems of Practice, Complexity, 14(2).
  • Taleb, N.N. (in Press), Errors, Robustness, and the Fourth Quadrant, International Journal of Forecasting (forthcoming)
  • Haug, E.G. and Taleb, N.N. (2008) Why We Have Never Used the Black-Scholes-Merton Option Pricing Formula, Wilmott
  • Taleb, N.N., Golstein, D.G., and Spitznagel, M.,2009, "The Six Mistakes Executives Make in Risk Management", Harvard Business Review, October
  • Pilpel, A. and Taleb, N.N., 2009 (in Press), “Beliefs, Decisions, and Probability” , in (eds. T. O' Connor & C. Sandis) A Companion to the Philosophy of Action (Wiley-Blackwell).
  • Taleb, N., and Tapiero, C.Too Big to Fail and the Fallacy of Large Institutions (forthcoming)
  • Mandelbrot, B. and Taleb, N.N. (in Press). Random Jump, not Random Walk. In Francis Diebold and Richard Herring (Eds.), The Known, the Unknown, and the Unknowable, Princeton University Press

その他の随筆

共同研究

  • タレブはブノワ・マンデルブロと共同で、リスクマネジメントの一般理論を研究している[53]
  • また、Daniel Goldsteinと共同で、生態学的かつ高いインパクトのある不確かさについて、人間の直観を経験的にテストするプロジェクトを行っている[54]

受賞歴

  • 2001年2月、Derivatives Hall of Fame(デリバティブの殿堂)に選ばれた[55]
  • 2007年10月、SmartMoney 誌の Power 30 in Business に選出された。
  • 2007年、getAbstract International Book Award(フィクション以外で世界的に影響を与えた書籍を選出)
  • 2008年、Frost & Sullivan Visionary of the Year Award[56]
  • 2008年、Prospect 誌の Public Intellectual of the Year で、Black Swan の出版が選ばれた[57]

引用

  • 「私の趣味は、自らの認識能力を過信し『私は……を知らない』と言う勇気がない人々をからかうことである」[58]

脚注・出典

  1. ^ Edge - the third culture - Nassim Nicholas Taleb
  2. ^ Learning to Expect the Unexpected” (2006年). 2006年9月19日閲覧。
  3. ^ : Black Swan robust society
  4. ^ Ten principles for a Black Swan-proofworld
  5. ^ a b “Mr. Taleb goes to Washington”. Slate. (2009年3月26日). http://www.fooledbyrandomness.com/maneker.pdf 2009年10月12日閲覧。 
  6. ^ Cynthia Shelton, Business Student, Is Wed in Atlanta
  7. ^ Home Page of Hélyette Geman”. 2009年10月13日閲覧。
  8. ^ French Thesis Database”. 2008年10月12日閲覧。
  9. ^ Kolman, Joe (December/January 1997). “The World According to Nassim Taleb”. Derivatives Strategy magazine. http://www.derivativesstrategy.com/magazine/archive/1997/1296qa.asp 2006年9月19日閲覧。 
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  11. ^ Stone, Amey (2005年10月24日). “Profiting from the Unexpected”. News Analysis (Businessweek). http://www.fooledbyrandomness.com/busweek.mht 2006年9月19日閲覧。 
  12. ^ Mr. Volatility and the Swan
  13. ^ 'Hottest thinker in the world' joins faculty - September 08, 2008, Polytechnic Institute of New York University [2]
  14. ^ : mediocristan
  15. ^ Taleb's notebook paragraph 108
  16. ^ : black swan robustness
  17. ^ : extremistan
  18. ^ : the Platonic fallacy
  19. ^ : narrative fallacy
  20. ^ : ludic fallacy
  21. ^ Template:Statistical regress fallacy
  22. ^ : triplet of opacity
  23. ^ Taleb, Nassim Nicholas (2007), The Black Swan: The Impact of the highly improbable, pp. 8 
  24. ^ : stochastic tinkering
  25. ^ Taleb: The Birth of Stochastic Science
  26. ^ Opacity: What We Do Not See, Quick Footnotes, from homepage of Taleb
  27. ^ Opacity: What We Do Not See, Quick Footnotes, from homepage of Taleb: paragraphs 32 & 33 & 54 [3]
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  29. ^ : black swan theory
  30. ^ : anti-theory
  31. ^ : black swan idea
  32. ^ Taleb, Nassim Nicholas (October 23), The pseudo-science hurting markets, http://www.fooledbyrandomness.com/FT-Nobel.pdf 
  33. ^ The Black Swan: Quotes & Warnings that the Imbeciles Chose to Ignore
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