アクセルジャンプ
アクセルジャンプ(Axel jump)は、フィギュアスケートにおけるジャンプの種類のひとつ。名称はノルウェーのフィギュアスケート選手アクセル・パウルゼンに由来する。単にアクセルとも呼ばれる。ISU(国際スケート連盟)が認定する6種類のジャンプの中で最も難易度が高いとされるジャンプである。
解説
空中での回転の方向が反時計回りの場合、左足の(時計回りなら右足の)アウトサイドで前向きに踏み切って跳ぶジャンプ。
このジャンプは、左足バックアウトサイドに重心を乗せた状態から、重心を左足フォアアウトサイドに移動させると同時に、右足を回転方向と同じ方向に振り上げ跳び上がり、なおかつ振り上げた右足をそのまま空中での軸とすることができるため、6種類のジャンプの中で最も回転力、飛距離を得やすいジャンプとなっている。しかし、前向きに踏み切り、後ろ向き着氷のため他のジャンプより半回転多く回らなければならずその難易度は最も高い。評価の基礎点も他ジャンプとは一線を画し最も高いものとなっているが、その分出来栄えによる加減点(GOE)幅も大きく設定されている。
ショートプログラムにおいてアクセルジャンプはダブルもしくはトリプルが必須要素となっている。なお、フリープログラムにおいて、このジャンプのみ最低1回は入れなければならない(回転数は問わない)。
なお、1回転半に満たないアクセルジャンプ(単に半回転のジャンプ)はスリージャンプ(またはワルツジャンプ)と呼ばれ、フィギュアスケートにおけるジャンプの入門として教えられる事が多い。新採点方式の競技会においては得点はつかないが、無回転のアクセルとみなされる。
歴史
1882年にノルウェーのアクセル・パウルゼンが初めて跳んだのが始まりとされている[1]。1920年には同じノルウェーのソニア・ヘニーが女子選手として初めてシングルアクセル(1回転半)に成功した。
1948年、サンモリッツオリンピックでアメリカのディック・バトンがダブルアクセル(2回転半)を成功させ、1953年には同じくアメリカのキャロル・ヘイスが女子選手として初めてダブルアクセルに成功した。
1962年には、日本の大川久美子が女子選手として初めて左右のダブルアクセルに成功した。
1978年にカナダのヴァーン・テイラーが世界選手権でトリプルアクセル(3回転半)を成功させた。
1984年にサラエボオリンピックでカナダのブライアン・オーサーが五輪史上初のトリプルアクセル成功者となる。彼は『ミスター・トリプルアクセル』と呼ばれた。その後彼は1987年の世界選手権で、世界選手権に於いて初めてSPで1回、FSで2回の計3回のトリプルアクセルに成功した。
1988年にNHK杯で日本の伊藤みどりが女子選手として初めてトリプルアクセルに成功した。彼女は1989年の世界選手権FSで世界選手権史上に於いて女子選手で初めてトリプルアクセルを成功。1992年のアルベールビルオリンピックFSで五輪で女子で初めてトリプルアクセルを成功させた。
その後、国際大会でトリプルアクセルを成功させた女子選手はアメリカのトーニャ・ハーディング(1991年のスケートアメリカで女子では初めてトリプルアクセルをSPで成功した)、日本の中野友加里(2002年スケートアメリカなど)、ロシアのリュドミラ・ネリディナ(2002年スケートアメリカ)、日本の浅田真央(2004年ジュニアグランプリファイナルなど)の5人だけである。国内大会を含めてもこの5人の他にはキミー・マイズナー(2005年全米選手権)しかいない。
浅田真央は2010年バンクーバーオリンピックにて女子選手として史上初めてSPで1回、FSで2回の計3回のトリプルアクセルに成功し、ギネスに記録された。
2006年にアメリカの井上怜奈&ジョン・ボルドウィン組が全米選手権でペア競技では初めてスロートリプルアクセルを成功させた。 トリノオリンピックペア競技SPでも五輪史上初となるスロートリプルアクセルの着氷を成功させた。
注釈
- ^ フィギュアスケート用ではなくスピードスケート用のスケート靴で行った。