M-AGE
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| M-AGE | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | ロック |
| 活動期間 | 1991年 - 1994年 |
| レーベル | ビクターインビテーション (1991年) ゼオインビテーション (1992年 - 1994年) |
| メンバー | |
| KOICHIRO MIYO-KEN OKAZAKI KATSUSHIGE DJ PEAH |
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| 旧メンバー | |
| KAJIWARA YUJI | |
目次 |
[編集] 来歴・概要
メンバー全員が長身。初期は歪んだギターが心地よいUKロックの影響が顕著であったが次第にエレクトリック色を強めて行った。同一の楽曲であってもシングルとアルバムではミックスが異なり、完全に同一のバージョンが複数の作品に収録される事が極端に少ない。
- 1989年3月4日、この日放送の『三宅裕司のいかすバンド天国』に出場(当時はKOICHIRO、OKAZAKI他の4人組)、演奏した曲は『ANGEL FANTASY』。しかしこの時は“完奏”ならず。
- 1989年6月、ギターがMIYO-KEN、ベースがKAJIWARAにそれぞれ交替。
- 1991年、コンピレーション・アルバム『DANCE 2 NOISE 001』に「CALL ME」で参加。
- 1992年、ビクターインビテーションレーベルより、1stシングル「WALK ON THE MOON」をリリース。
- 1992年、ビクター内のXEOレーベルが発足、そちらへ移籍し、2ndシングル「someday close your eyes」をリリース。
- 1993年、ベースのKAJIWARAが脱退。
- 1994年、解散。
[編集] メンバー
- KOICHIRO(こういちろう)
- ボーカル担当。解散後にUndoを結成するも活動休止。
- MIYO-KEN(みよけん)
- ギター担当。解散後、三代堅として清春やBUCK-TICKの櫻井敦司のソロライブ等に参加。
- KAJIWARA YUJI(かじわら ゆうじ)
- ベース担当。1993年に脱退し、CMJKとともにCONFUSIONを結成。
- OKAZAKI(おかざき)
- ドラム担当。茨城県日立市出身。解散後はGUNIW TOOLSにサポートメンバーとして参加、2002年からはそのGUNIW TOOLSのASAKIとともにAGE of PUNKとして、また2004年からはBUCK-TICKの今井寿及びmedia youthのKIYOSHIとともにLucyとして活動。2008年よりMinimum Rocketsにてツインドラムの片翼も担う。
- DJ PEAH(でぃーじぇい ぺー)
- DJ担当。後期にはエレキギターのようにターンテーブルを肩から提げる事もあった。
[編集] 作品
[編集] オリジナル・アルバム
[編集] 8cm シングル
- 「WALK ON THE MOON」(1992年)
- 「someday close your eyes」(1992年)
- 「mother」(1993年)
- 「Blind Venus」(1993年)
[編集] マキシ・シングル
- 「3 RE-MIX + 1」(1991年)
- 「someday ep」(1992年)
- 「NEXUS 7」(1993年)
[編集] リミックス・アルバム
- 「STARSHELL -CASPAR POUND REMIX OF M-AGE-」(1994年)
- 「UNDER A CUBIC SKY」(1994年)
[編集] ビデオ
- 「WALK ON THE MOON」(1991年)
- 「someday close your eyes」(1992年)
[編集] コンピレーション・外部参加作品
- V.A.「DANCE 2 NOISE 001」
- 「CALL ME」
- V.A.「DANCE 2 NOISE 002」
- DJ PEAH「A HOWLING OF AN AUTIS」(横山和俊とともにPANDEMONIUMとして)
- V.A.「DANCE 2 NOISE 004」
- 「SINK (2010 MIX)」
- V.A.「FUTURAMA OF ROCK XEO special Re-Mix sampler」(非売品)
- 「someday close your eyes (full length version)」
- V.A.「DANCE 2 NOISE 005」
- 「今夜はビート・イット!」(マイケル・ジャクソンのカバー)
- SCHAFT「SWITCHBLADE」
- DJ PEAH「inFORMation」