立花ハジメ
立花ハジメ(たちばなはじめ、1951年 - )は東京都出身のミュージシャン及びグラフィック・デザイナー、映像作家。
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[編集] 人物・来歴
早稲田大学商学部卒業。奥村靫正に師事しグラフィックデザイナーとして活動する傍ら、1976年にテクノポップバンド「プラスチックス」を結成、ギターを担当し、1980年にはワールドツアーを行った。
プラスチックス解散後の1982年、サックスに転向し、高橋幸宏をプロデューサーとして迎えて、初のソロ・アルバム『H』を発表、この時、自作楽器「アルプス1号」を使って演奏を行っている(以降自作楽器はアルプスシリーズとして4号まで製作された)。鈴木さえ子、矢口博康等とツアーも行う。
3枚目のアルバム『テッキー君とキップルちゃん』以降はテクノポップに回帰、4枚目のアルバム『太陽さん』ではプログラマーの藤井丈司、レコーディングエンジニアの飯尾芳史とのユニット「テッキーズ」を結成、原田大三郎率いるラジカルTVと共にツアーを行った。このツアーではアルプスシリーズの他、自作楽器「ソラノイド」、コンピュータ制御された油圧シリンダーを体に装着しダンスをさせる「ブレイクダンス養成ギブス」を用いている。
グラフィックデザイナーとしては自身の作品のほか、高橋幸宏、坂本龍一、矢野顕子、トーキング・ヘッズなどのレコードジャケット、ヴィデオクリップ、舞台美術を手がけた。またタイポグラフィなどの分野で活躍し、1991年ADC賞最高賞受賞。
1987年公開の映画「ラストエンペラー」に、映画制作の現場を知るため志願して端役で出演。
1992年には初の個展「タイポグラフィ」を全国開催。
1995年はスウォッチアーティストヴァージョンのデザインを手がけ、またMacintosh用Adobe Illustratorのプラグイン「信用ベータ」を発表する。
1997年には自身以外女性メンバーで固めたバンド「立花ハジメとLow Powers」を結成、アルバムを発表。
2002年、携帯電話向けWeb上に於けるJAVAのプログラミングのグループ展「TENDJAVa」開催。
2004年、宮島達男とのコラボレーション「1000 Deathclock in Paris」がアルスエレクロニカで入選。
2007年、屋敷豪太らと共に新バンドTHE CHILLを立ち上げ、ファースト・アルバム発表。ここでは5弦変則チューニングのギター担当。プラスチックスを短期間再結成する。
2010年、プラスチックス、Low Powers活動再開。
2012年 プラスチックス以降のソロ「H」「Hm」「TAIYO・SUN」の映像をiTUNES,IPHONE,iPADで配信
[編集] ディスコグラフィー
[編集] アルバム
- H(1982年、アルファレコード):高橋幸宏プロデュース。以下3枚、ソニー・ミュージックエンタテインメントから再発。
- Hm〜ハーマイナー(1983年、アルファレコード):高橋幸宏と細野晴臣の共同プロデュース
- テッキー君とキップルちゃん Mr. Techie & Miss Kipple (1984年、アルファレコード)
- 太陽さん TAIYO-SUN(1985年、ミディ)
- Beauty & Happy(1987年、ミディ)
- BAMBI(1991年、EMIミュージック):テイ・トウワとの共同プロデュース
- Low Power(1997年、フォーライフ・レコード)
- Low Powers - 立花ハジメとLow Powers名義(1997年、フォーライフ・レコード)
- The End(2002年、Bounce Records):自身の携帯サイトで配信していた着信音などを収録
[編集] ベストアルバム
- 逢うは別れのハジメなり(1986年、アルファレコード)
- ベスト~ハジメヨケレバスベテヨシ(1990年、ミディ)
[編集] シングル
[編集] 7インチ
- 一人のエジプト人 -Sex Symbol Strikes Back- (1983年、アルファレコード)
- B面「二人のエジプト人 -AB1013-」が自身出演の三菱電機CMに使われた。
[編集] 12インチ
- Repricant J.B.(1984年、アルファレコード)
- Beauty & Modern things (1986年、ミディ):片面シングル。音楽が収録されていない面には手塚治虫画のレリーフが施された。
- happy (1986年、ミディ)
[編集] その他
[編集] アートディレクション
[編集] CM出演
[編集] テレビ出演
- AV天国(1987年・テレビ朝日)
- デジタル・スタジアム(2000年-・NHK衛星第2テレビジョン)