高橋まこと

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高橋まこと
基本情報
出生名 高橋信
出生 1954年1月6日(58歳)
血液型 A型
学歴 福島県立福島高等学校
出身地 日本の旗 日本, 福島県福島市
ジャンル ロック
職業 ミュージシャン
ドラマー
担当楽器 ドラム
活動期間 1982年 -
共同作業者 De-lax
公式サイト ATOMIC*DRUM

高橋 まことたかはし まこと1954年1月6日 -)は日本のミュージシャン。本名、高橋 信(読み方同じ)。

福島県福島市出身。福島県立福島高等学校出身。日本のロックバンドBOØWYドラマーとして知られる。身長170cm、体重61㎏(2011年現在)。 血液型はA型。

目次

[編集] 略歴

アマチュア時代数多くのバンドに参加した後、上京。長沢ヒロ率いるヒーローに参加するも諸事情によりメジャーデビューアルバムの録音が終わった時点で脱退していたが、知人に誘われて偶然見た新宿LOFTでの暴威のライブ(この時が暴威としての初ライブ)に何らかのインパクトを受けたのか、ドラム募集していることを知ると即オーディションに参加。後に加入することに。1987年BOØWYが解散発表するとほぼ同時期に元ALLERGYのボーカリスト宙也を中心として結成されていたDe-LAXに参加。De-LAX解散後はソロアルバム「楽しき人生」を発表した後、De-LAXギタリスト榊原秀樹と共にGEENAを結成。現在では再結成したDe-LAXとして活動中。また、2006年TOYOTAの新型車 「AURIS(オーリス)」発売に際して結成された特別バンドTHE AURIS (SUPER) BANDにドラムとして参加。2007年には自叙伝『スネア』を出版。

[編集] 逸話

  • 「ミスター・エイトビート」と異名をとるほど何十分でもリズムキープをすることが出来る。
  • BOØWY時代初期に布袋寅泰からのアドバイスをきっかけにサングラスを着用し始めた。以来、今日まで自身のトレードマークとして定着している。
  • ライヴでは自身のスティックを演奏中、もしくは演奏終了後に何本か投げることがあった。
  • BOØWYのドラマーのオーディションに受かった理由が曲の出だしのカウントする声が大きかったことだと言われていたが、実際には高橋を加入させる事は他のメンバー間では決定事項であり、オーディションに呼ばれていたのも彼だけだったと言う。他のメンバーにとっては形だけのオーディションが行われたが、そのカウントの声の余りの大きさで松井が笑ってしまい、結局まともなオーディションにならなかった。高橋と他のメンバーは、合宿所での麻雀で親睦を深めたと言う。布袋は麻雀が上手くなかったので殆ど高橋の後ろで見ていたと言い、その打ち筋は初心者の布袋の目から見てもとことん男らしかったと証言している。
  • BOØWY時代、ツアー先が観光地だと必ず城に登っていた。
  • BOØWYの駆け出しの時代、他のメンバーに内緒でヘソクリを持っていた。金額はとりあえず車で東京まで帰って来られる額だったという。内緒にしておかないとメンバーから「酒を飲もう」「飯を食おう」ということになる為と雑誌で語っていた。
  • BOØWY以前には、アニメソングの作曲やジャニーズ事務所のバックバンドとして有名な長沢ヒロのバンド「HERO」や、RED WARRIORS木暮武彦のバンド「STRAIGHT」に所属していたこともあり、アマチュアシーンではその名が知られていた。
  • BOØWY時代初期、氷室京介の免許更新に同伴して群馬に行った際、当時まだアマチュアだったヤガミトールに焼肉をおごってもらう代わりに、ヤガミの自宅でドラムを2時間叩いてみせたことがある。しかし当時は高橋とヤガミのレベルが違いすぎ、「何故こんな音が出るのか全くわからなかった」という。

[編集] 作品

[編集] アルバム

ソロ

[編集] 書籍 

[編集] DVD 

[編集] 参加した主なバンド

[編集] 外部リンク

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