荒野のストレンジャー

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荒野のストレンジャー
High Plains Drifter
監督 クリント・イーストウッド
脚本 アーネスト・タイディマン
ディーン・レイスナー
(クレジットなし)
製作総指揮 ロバート・デイリー
出演者 クリント・イーストウッド
ヴェルナ・ブルーム
マリアンナ・ヒル
ビリー・カーティス
音楽 ディー・バートン
撮影 ブルース・サーティース
編集 フェリス・ウェブスター
配給 ユニバーサル・ピクチャーズ
公開 アメリカ合衆国の旗 1973年4月19日
日本の旗 1973年6月2日
上映時間 105分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
興行収入 8,000,000ドル[1]
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荒野のストレンジャー』(High Plains Drifter)は1973年の、超自然の要素を含んだアメリカ製西部劇である。監督・主演はクリント・イーストウッドマルパソ・プロダクションユニバーサル・ピクチャーズによって制作された。イーストウッドは町の護衛を依頼される西部のガンマンを演じた。また、イーストウッドの師でもあるセルジオ・レオーネドン・シーゲルからの影響を受けた作品でもある。[2]

この映画の撮影はカリフォルニア州モノ・レイクの岸辺で行われた。脚本はアーネスト・タイディマンディーン・レイスナー(クレジットなし)によって書かれた。タイディマンは小説版も執筆した。不気味な音楽はディー・バートンが作曲した。公開当初この映画は絶賛され、現在でもRotten Tomatoesで96%の高評価を受けている。

ストーリー[編集]

鉱山によって成り立っている小さな町(ラーゴ)に、ある日正体不明のよそ者(ストレンジャー)がふらりと立ち寄る。彼は、からんできた3人のならず者をあっという間に撃ち殺してしまうが、町の臆病な住人たちはよそ者を咎めもせず、ただただ困惑してしまう。実は殺された3人は、1年前に町で捕まえて刑務所に送っていた3人の無法者の復讐に備えて、住人たちが雇っていたのだった。

時間も当てもない町にとって残された手段は、このよそ者を雇って3人に備えるしかない。彼は当初は渋っていたが、「何でも言う事をきく」との申し出に、この何やらいわくありげな町の護衛を引き受けることにする。

安心した住人たちだったが、彼の出し始めた命令は、住人たちの当惑するとんでもないものばかりであった・・・

キャスト[編集]

概要[編集]

ラーゴ(モノ・レイク

この映画はマルパソとユニバーサルの共同製作である。脚本は『フレンチ・コネクション』でアカデミー脚色賞を受賞したアーネスト・タイディマン[3]作品の中に見られるブラックユーモアはセルジオ・レオーネの影響である。[3]

イーストウッドはオレゴン州、ネヴァダ州、カリフォルニア州を回って撮影場所を探した。[4]そしてモノ・レイクでの撮影が決まった。40人以上の技術者と10人以上の建設関係者によって18日で舞台となる町が建設された。またネヴァダ州、リノのウィネマツカ・レイクとカリフォルニア州、イニョー・ナショナル・フォレストで追加の撮影も行われた。[5]イーストウッドは『荒野のストレンジャー』をわずか6週間で撮り終えた。

評価[編集]

『荒野のストレンジャー』はアメリカでは1973年8月に公開され800万ドルの興行収入を得た。1970年代の西部劇で11番目に最も興行収入を得た作品である。[1]ジョン・ウェインは出演のオファーを受け脚本も受け取ったが、イーストウッドには映画公開後に返事が送られている。手紙では"映画の町民たちは実際のアメリカ先駆者たちの精神を持っていない。アメリカの偉大なる精神をだ"と難色を示している。[6]評論家たちからは賛否両論の評価を受けたが興行的には成功した。「サタデイ・レヴュー」のアーサー・ナイトはイーストウッドについて“シーゲルとレオーネの作り方を吸収し、レオーネと彼の独特の社会観が融合している”と述べた。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b Hughes, pp. 30–31
  2. ^ Kaminsky, Stuart. Clint Eastwood, Signet Books, 1975. ISBN 978-0-451-06159-1
  3. ^ a b McGilligan (1999), p. 221
  4. ^ Gentry, p. 63
  5. ^ Hughes, p. 28
  6. ^ Schickel, p. 291

外部リンク[編集]