科学革命

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科学革命(かがくかくめい)は、2つの意味がある。

  1. 科学革命(英語綴りScientific Revolution)とは歴史学ハーバート・バターフィールド1949年に考案した時代区分の名称で、コペルニクスケプラーガリレイニュートンらによる科学の大きな変革と、科学哲学上の変化を言う。
  2. '科学革命(英語綴りscientific revolution)とはトマス・クーンが1.の科学革命を拡張した概念。しかしこの2者の科学革命という言葉の意味や綴り方には大きな違いがある。

目次

[編集] バターフィールドの科学革命

H.バターフィールドが考案した科学革命は、英語ではScientific Revolutionと綴り、歴史上ただ1回、主に17世紀に生じた科学の大規模な変革をいう。

バターフィールドの時代、歴史観があまりにもヨーロッパ中心的であるとの批判がされていた。バターフィールドは、科学の上での大きな変革のあった17世紀に時代区分をとり、この批判に応えようとした。科学的真理は世界全体での共有事項であり、これが最も客観的な時代区分であると考えたためである。

この時期に起きた明確な科学の変革はまず、宇宙体系の変革にあった。それ以前の天動説が捨てられ、地動説へと変換する時代であった。こちらの考えによれば、科学革命の中心人物は明確にコペルニクス、ケプラー、ガリレイ、ニュートンの4名である。地動説は、単に惑星位置の計算方法の変更にとどまらず、当時の宇宙観に大きな影響を与えた。

誰にでも再現可能な方法によって自説の正しさを証明する、という方法がとられはじめたのもまたこの時代からである。それ以前は考え方のような哲学的真理が追究され、科学的な証明方法はあまり重要視されてこなかった。ガリレイは球を転がし、振り子を往復させ、読者に同じ実験を再現させることによって自説の正しさを証明した。ケプラーはルドルフ星表を作り、天動説よりも地動説のほうがより精密に惑星の運行を計算できることを明示した。これらの手法は哲学にも大きな影響を与えた。

[編集] バターフィールドへの批判

この説が発表されると論議になった。非賛同者の多くの意見は、科学革命の定義は認めるが、バターフィールドによる科学革命への評価は受け入れられないというものだった。このため、後述するクーンの科学革命と区別する際、日本語では「バターフィールドの科学革命」とは書かず、「17世紀科学革命」などと書かれることがある。

[編集] 第二次科学革命

18世紀産業革命における、蒸気機関などの科学技術の発展と産業革命に果たした役割を評して、特に第二次科学革命または18世紀科学革命と呼ぶことがある。

[編集] クーンの科学革命

トマス・クーンの科学革命はscientific revolutionと小文字であり、普通名詞である。クーンは科学者が一定の発想、前提、枠組み、ルールなどに従って研究を進め、できるだけその枠内で問題解決を図る傾向にあるとした。だが、このような試みが行き詰ると、枠組み自体が疑われることになり、混乱期を経て考え方の大幅な変更が起こることになる。これをクーンは科学革命、パラダイムシフトなどと呼んだ。クーンによれば科学革命は歴史上何度も起き、また、現在も起きつつある。クーンによれば、天動説が地動説になった時点だけではなく、ニュートンの力学体系が行き詰まってアインシュタインの相対性理論が生まれた時点もまた科学革命となる。

原語での綴りが違うため、両者を混同する可能性は低いが、日本語ではどちらも同じ綴りになるため、バターフィールドかクーンか、どちらの意味で使われているのか注意する必要がある。

クーンの定義は科学哲学の知識がある人には良く知られているが、一般人には科学革命はやはり17世紀のそれをイメージするであろう。

[編集] 関連項目

出現する人物名の変化に注目する。