抵抗権

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抵抗権(ていこうけん、: Right of Resistance)は、人民により信託された政府による権力の不当な行使に対して人民が抵抗する権利。革命権: Right of Revolution)、反抗権: Right of Rebellion)とも言われる。

君主統治機構が民衆の信頼・支持を失い、転覆される事態は、古来より世界中で見られる普遍的な現象だが、圧政に対する一方的服従や、その逆の場当たり的な反乱・混乱を避けるために、そうした行為を正当化・理論化し、指針・基準を設ける必要性から、瑣末な差異こそあれ、こうした概念・理論は、様々な地域で各々に形成・醸成されてきた。

今日、抵抗権・革命権と言った場合、近代市民革命(アメリカ独立戦争フランス革命)の基礎となった、ジョン・ロックのそれを指すことが多い。

東アジア[編集]

東アジア儒教文化圏においては、古代中国で生み出された「易姓革命」という概念・理論がある。君主が善政を行えず、人心・天命を失ったならば、禅譲(平和的権限移譲)・放伐(武力革命)いずれかによって、その地位を譲り渡さなくてはならないという概念・理論である。

この後者の放伐は、悪政に対する抵抗権・革命権の一形態と見なすことができ、実際、これを大義名分として、数多くの武力蜂起・王朝交代が繰り返されてきた。

欧州[編集]

中世[編集]

西欧においては、国家はキリスト教法思想では神の前において原則として望まれたものであり、一方で国家の権威には良心の限界があり、抵抗権は「汝殺すなかれ」の限界がおかれあくまで消極的意味での政治的主張であった。

一方でゲルマン法思想によれば明示的契約(盟約)に反する行為に対する抵抗は積極的意味で肯定された主張であり、もし君主が法を破れば臣民は契約上の義務から開放されて、抵抗の権利と義務を持つに到ると解されていたとされる[1]

イングランド王国における「マグナカルタ」[編集]

ポーランド・リトアニア共和国の「ヘンリク条項」[編集]

抵抗権の最も初期の明文化はポーランド・リトアニア共和国における国王と議会との協約であるヘンリク条項に見られる。黄金の自由と呼ばれる貴族民主主義制度下のポーランド・リトアニア共和国ではこの抵抗権とさらに以前から明文化されていた人身保護特権(ネミネム・カプティヴァビムス)に基づき、合法的な反乱である強訴(ロコシュ)が行われることがあった。

近代[編集]

市民革命[編集]

近代においてはジョン・ロックにより自然権の一つとして提唱され、アメリカ独立戦争フランス革命の理論的根拠となった。ドイツでは戦う民主主義の実現理念として、ドイツ連邦共和国基本法の基本理念を破壊する政治行動に対する抵抗権(第20条4項)が明文化されている。

ドイツ基本法における「抵抗権」

  • (1) ドイツ連邦共和国は、民主的かつ社会的連邦国家である。
  • (2) すべての国家権力は、国民より発する。国家権力は、国民により、選挙および投票によって、ならびに立法、執行権および司法の特別の機関を通じて行使される。
  • (3) 立法は、憲法的秩序に拘束され、執行権および司法は、法律および法に拘束される。
  • (4) すべてのドイツ人は、この秩序を除去しようと企てる何人に対しても、他の救済手段が存在しないときは、抵抗権を有する。

つまり、再びヒトラーのような人物が出現して、ドイツ連邦共和国基本法を停止して、全権委任法を通した場合、ドイツ国民は その反民主主義の首相を 射殺しても「抵抗権行使」と認められれば罪にならない 

共産主義革命[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「基本権保証の本質と抵抗権の理論」松本昌悦(早稲田法学会誌1964-03-10)[1][2]

関連項目[編集]

  • バージニア権利章典第3条 - an indubitable, unalienable, and indefeasible right to reform, alter or abolish it(government)
  • アメリカ独立宣言前文 - That whenever any Form of Government becomes destructive of these ends, it is the Right of the People to alter or to abolish it, and to institute new Government
  • フランス人権宣言第2条、第7条 - Résistance à l'oppression