森上亜希子
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森上亜希子 |
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|---|---|---|
| 基本情報 | ||
| ラテン文字名 | Akiko Morigami | |
| 国籍 | ||
| 出身地 | 同・大阪市生野区 | |
| 生年月日 | 1980年1月12日(29歳) | |
| 身長 | 167cm | |
| 体重 | 56kg | |
| 利き手 | 右 | |
| バックハンド | 両手打ち | |
| ツアー経歴 | ||
| デビュー年 | 1998年 | |
| ツアー通算 | 2勝 | |
| シングルス | 1勝 | |
| ダブルス | 1勝 | |
| 4大大会最高成績・シングルス | ||
| 全豪 | 2回戦(2003・04・07・08) | |
| 全仏 | 3回戦(2005) | |
| 全英 | 3回戦(2003) | |
| 全米 | 2回戦(2004) | |
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||
| 全豪 | 1回戦(2004・07・08) | |
| 全仏 | 3回戦(2007) | |
| 全英 | 2回戦(2005・07) | |
| 全米 | 3回戦(2006・07) | |
| キャリア自己最高ランキング | ||
| シングルス | 41位 | |
| ダブルス | 59位 | |
森上 亜希子(もりがみ あきこ, 1980年1月12日 - )は、大阪市生野区出身の女子プロテニス選手。身長167cm、体重56kg、右利き。フォアハンド・ストローク、バックハンド・ストロークとも両手打ち。シングルス自己最高ランキングは41位(2005年8月15日付)。ミキハウス所属。
7歳からテニスを始め、コーチとして青山裕司に師事する。1997年のウィンブルドンジュニア女子シングルス部門でベスト4に入り、1998年1月12日、18歳の誕生日にプロ転向。2003年の全豪オープンで4大大会に初出場を果たし、同年のウィンブルドンで3回戦に進出している。初めての4大大会3回戦では、森上は第8シードのジェニファー・カプリアティに 4-6, 4-6 で敗れた。
2005年度の4大大会では全仏オープンでエレナ・デメンティエワとの3回戦に進出したが、全米オープンの1回戦で途中棄権のアクシデントに見舞われた。しかし、2006年の全仏オープン1回戦で大会第3シードのナディア・ペトロワを 6-2, 6-2 のストレートで破る金星を挙げた。
女子テニスツアー大会では、2005年7月第3週にアメリカ・シンシナティの大会で初めての決勝戦に進出したが、ここではスイスのパティ・シュナイダーに 4-6, 0-6 のストレートで敗れた。それから2年後、2007年5月第2週に行われたチェコの「プラハ・オープン」で第6シードとして出場し、決勝で第1シードのマリオン・バルトリ(フランス)を 6-1, 6-3 で破り、27歳にして念願のツアー初優勝を飾った。バルトリも森上と同じく、フォアハンド・バックハンドともに両手打ちの選手である。直後の全仏オープンでは、1回戦でタチアナ・ガルビン(イタリア)に 7-6, 6-4 のストレートで敗れた。
2008年3月から膝の故障が悪化する。しばらくは強行出場していたものの、4月にはフェドカップ代表を辞退、昨年優勝のチェコ「プラハ・オープン」を直前で欠場した。全仏オープンには怪我をおして出場したものの、ウィンブルドンでは欠場を余儀なくされ、8月の北京五輪にも出場できなかった。
日本女子テニス界は1990年代半ばに空前絶後の隆盛を誇ったが、しばらく低迷状態が続いていた。その中にあって、森上も世界ランキングトップ50位以内の選手に成長し、今や日本女子の中核を担う選手の1人になっている。
[編集] 外部リンク
- 森上亜希子公式ホームページ
- 森上亜希子 - WTAツアーのプロフィール(英語)
- フェドカップ成績表

