憎悪

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憎悪(ぞうお)とは、愛情友情の正反対に位置する態度・行動である。

概要[編集]

他人やその人の言動・態度が、自分にとって不快であるだけのみならず、自分の人格や尊厳を傷つけるものとして許しがたく、そうした行動が既に取り消しがたいものであれば、その他人の存在そのものに対しても激しく憤りを感じ、なんらかの報復を試みたいと考えること、あるいはそうした感情。場合によっては、違法であることはもとより、傷害行為といわれようと復讐したいと思うような憎しみを持つ。

原理[編集]

憎悪が人の集団や人種、国家に対して向けられた瞬間、人種差別民族差別植民地支配テロリズム近親憎悪反体制といった行動として、その姿を表すこともある。それは信念・主義として常に表に表されていなくても、ささいな事件・衝突から一挙に爆発し、直接にはその衝突に無関係だったはずの人たちをも巻き込んで、憎悪が大衆暴動・蜂起に発展していくこともある。政治状況が不安定であったり、人種や支配階級とそれに抑圧された市民層の間での持てる者とそうでない者の間の社会的な軋轢が極度の緊張関係にある社会ではよくあることである。

愛憎[編集]

過剰に愛情が強い場合、自分の都合が悪かったり、嫉妬心から、その対象を憎悪してしまう心理が生じる場合がある。これを「愛憎」と言う。

嫌悪と犬猿の仲[編集]

ちなみに前述のように、同じ形だが、単に復讐する気は薄く、ただ強く嫌っているだけの状態などは「嫌悪」と呼ぶ。特定的な理由が無く、ただなんとなく許せない、気に入らないといった場合は「毛嫌い(けぎらい)」もしくはことわざの「犬猿の仲(けんえんのなか)」(海外では「犬猫の仲(いぬねこのなか)」)と称される。

関連項目[編集]