罪悪感

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罪悪感(ざいあくかん)(guilt)とは、人間感情のうち、自身の行動・指向・在りようなどに関して否定的な印象をもつことである。

人間には、自身の価値観に照らして誤っていると感じる(罪悪感を抱く)行為に対してと認識し、これを改善したいと望む傾向が見られ、このようなの働きは良心と呼ばれる。

目次

概要 [編集]

罪悪感に関しては、まず主観における「罪」と言う概念が必要である。自身の何らかの行いに対して、内在する規範意識(正しいと認識されるルール)に反していると感じる所から罪悪感は生まれる。

規範意識には、人間としての在りようを示した人道という極大な枠が存在するが、これは汎社会的で文化の別なく適用できる概念である。しかし道徳では、その人の属する社会などによって違いも見られ、属する社会が違えば「罪」として認識される範疇も異なってくる。更には場の空気などに代表される曖昧な指向性や個人価値観に基く美学などに反することでも罪悪感を抱く場合もある。

一般に罪悪感と言う場合は、道徳や宗教的な戒律にそむいた場合などに生まれる感情として位置付けられる。こと宗教的な戒律に反した場合、キリスト教などでは懺悔という儀式的行為で許しを乞う(贖い)などの様式が見られる。

心理学において罪悪感は感情の一つとして扱われるが、不安・怒り・悲しみなどと異なり、困惑・プライド・恥などと共に自己意識感情に区分されている。自己意識感情は他人の意見に依存するのが特徴とされる。[1]

罪悪感は社会性に関する精神機能の一部とも解される。社会技能は人間の集合組織である社会に対して順応するための技能であるが、罪悪感は何らかの反社会的な行いを行った際に感じる苦痛(一種の自罰)として機能する。またこういった苦い経験から、社会規範に沿おうとする意識も発生する。

罪悪感と疾患 [編集]

反社会性パーソナリティ障害のように罪悪感を抱かない者や、自己愛性パーソナリティ障害のように罪悪感を抱く要素を迂回してしまう者もいる。そういった価値観ないしパーソナリティの場合は当人と社会との良好な関係を築きにくくなる傾向もあり、その社会的立場を危うくしてしまう問題を含む。

逆にうつ病では自己否定に関連して本来は自身に責任の無い事柄にまで罪悪感を抱く場合がある。

罪悪感と社会現象 [編集]

サバイバーズ・ギルトと呼ばれる現象が報告されている。戦争事故災害などの偶発的な事件に遭いながらも生き残った者が、命を失った者がいるのに自分が生き残ったことに罪悪感を抱き、自分の生を否定的に感じてしまうことがある。一種の精神的な後遺症の一つといえる。

児童虐待では、虐待を行った側が自身の行為に対して罪悪感を抱く場合がある。育児に関するノイローゼでは育児ストレスの最大要因である子供を攻撃してしまい、事後になって自身の行為に罪悪感を抱くとされる[2]

戦争犯罪によって生まれる罪悪感については、ナチス・ドイツと太平洋戦争中の日本人による行為に対して、戦後の2国が、いかに、その過去に立ち向かったかを比較して扱ったイアン・ブルマの著作が、広く知られている[3]

脚注 [編集]

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  1. ^ M.Hewstone,etc.,Psychology,BPS Blackwell,2005,page127
  2. ^ 『児童虐待』(著:池田由子・中公新書・ISBN 4121008294
  3. ^ Ian Buruma,The Wages of Guilt Memories of War in Germany&Japan,1994, イアン・ブルマ、「戦争の記憶 日本人とドイツ人」、1994年、TBSブリタニカ、石井信平 訳

関連項目 [編集]

  • 劣等感(自身の存在そのものに否定的な感情を抱いている場合)
  • 自尊心(自身に対する肯定感)