古アテナイ方言

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古アテナイ方言こアテナイほうげん)とは、「ギリシア語アッティカ方言」を指称する。広くは、「古典ギリシア語アッティカ方言」をも含むが、コイネー化の時代、すなわち、アレクサンドロス大王の建国した汎マケドニア・ギリシア帝国で通用した共通語における「コイネーのアッティカ方言」を指称する。

西紀2世紀から「アッチィカの作家特有の洗練された文体(ラテン語:Atticisms)」を規範とする文学志向がヘレニズム期に起こり、「コイネーのアッティカ方言」と「古典期のアッチィカの作家」の文体と言語を規準とする伝統が継承され、現代ギリシア語の「カサレヴサ」(純粋文語体)成立の理論的根拠とその言語的基礎ともなった。

また、現代において、現在のギリシアの首都であるアテネの古名である「アテナイ」の古い名称を故意に使用して、ビザンティン帝国で一般に使用された当時の普通一般の教養人の大半が、コイネーを用い書記した際、かつての古典ギリシア語アッティカ方言をその語彙形態素・文法形態素の基礎において使用したことから、往時のコンスタンティノポリスのコイネーの方言ではなく、コイネーの「アテナイ方言」を基礎として使用したことから、往時においても古語である「アテナイ」の標音文字をあてて、これらを「古アテナイ方言」と称した。

コイネーは、ビザンティン帝国では普通に使用されていたが、この言語は、往時のコイネーの古アテナイ方言を基礎としていた。古典アッティカ方言といういわゆる「古典規範ギリシア語」は、ごく限られた高等教育を極めた教養人においては、ビザンティン帝国において依然使用されてはいたが、殆どの書記官をはじめ行政職の官僚は、ビザンティン帝国の共通語であるコイネーのアッティカ方言である「コイネーの古アテナイ方言」を語彙素・文法形態素に使用していた。

現代ギリシア語は、このビザンティン帝国の「コイネーの古アテナイ方言」を基礎に、「カサレヴサ」(純粋文語体)の理論的成立の依拠を経、通時時的変異をとげた現在のアテネの「民衆口語」である「ディモティキ」に継承されている。