アンティステネス

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アンティステネス

アンティステネス(Antisthenes、紀元前444年 - 紀元前365年)は、アテネに生まれ、トラキア人の母を持つ、哲学におけるキュニコス派の祖として知られる哲学者である。弟子にディオゲネスがいる。

生涯[編集]

彼は若い頃、ゴルギアスの下で修辞学を学び、またおそらくはヒッピアスプロディクスの下でも学んだ。元々は恵まれた環境に育ったが、後に貧困に苦しんだと言われている。ただしこれは、彼がソクラテスの影響を受けるようになり、献身的な市民になった、ということであるとも言えるかもしれない。

彼はソクラテスの言葉を聴きたい一心で、ピレウスからアテネへと毎日徒歩で通っており、また自身の友人たちにも共に来るように薦めていたといわれる。ソクラテスの言う善のイデアに対する熱意から、キュノサルゲスに自分の学派を設立した。彼の生き方の質素さや教え方から、彼のもとには多くの貧しい人々が集うようになった。彼は、世界を高貴であったり壮麗であったりするものではないと考え、袖なしの外套のみを纏い、哲学の象徴として杖一本とずだ袋一つだけを所持していた。彼の追随者はみなこの装いを真似るようになったが、あまりにもこれ見よがしであったため、ソクラテスは彼を次のように非難した。「おおアンティステネスよ、私には外套の隙間から君の自惚れが見える」。

ディオゲネス・ラエルティオスによれば彼の著作は十巻になるが、現在ではそのうちの断片しか残されていない。彼が好んだ叙述形式は対話篇であり、ここにも若き日の修辞学的訓練の影響が見られる。アンティステネスは、アリストテレスによれば無教養で単細胞であるとされ、またプラトンによればディアレクティケーの困難さに対して無駄な努力をしているとされている。ただし、これらの評価は、学派間の張り合いによって少なくともいくらかは脚色されていると思われる。アンティステネスの著作にはソクラテス哲学の重要な一側面が表現されており、またCyrenaicIgarianとの比較がなされるべきであろう。

マルクス・アウレリウスは『自省録』(2世紀後半)の中でアンティステネスを引用し、「善をなしながら粗末に生きることは素晴らしい」としている。

外部リンク[編集]

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