伊勢堂岱遺跡

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伊勢堂岱遺跡(いせどうたいいせき)は、秋田県北秋田市脇神にある縄文時代後期前半の遺跡である。国の史跡に指定されている。

概要[編集]

伊勢堂岱遺跡 ストーンサークルA

秋田内陸縦貫鉄道小ヶ田駅の南方の小川をこえた標高40 - 45メートルの河岸段丘の北端台地の上にある縄文時代後期前半の遺跡である。保存状態が良く、学術的な価値が高いことから2001年1月、国の史跡に指定された。

特徴[編集]

縄文時代後期の遺跡で、A - Dの4つのストーンサークル掘立柱建物跡、土坑墓、土器埋設遺構、捨て場フラスコ状土坑、日時計型組石などから構成されている。

4つのストーンサークルからやや離れた場所に、日時計型組石が数個ある。これは大湯環状列石と同じように、この組石の中心からストーンサークルAを見ると、夏至の日に太陽が沈む位置とだいたい一致する。ストーンサークルAは直径が約32mで上空からの平面形がメロンのような形をしており、つるの部分が特徴的である。祭祀の際の特別の通路として機能していたのではないかとの指摘もある。

ストーンサークルBは円ではなく欠けた弧状をしており、これは国鉄阿仁合線(現在の秋田内陸縦貫鉄道)の建設時に壊されたものであると考えられる。または、未完成のストーンサークルだとする見解もある。また、ストーンサークルBの土坑墓からは完全な形で復元できる板状土偶が発掘されている。伊勢堂岱遺跡からは土偶が200点ほど見つかっているが、ほとんどが破片である。

最大のストーンサークルCには石を縦横に組み合わせた構造もあり、これは、青森市の小牧野遺跡の小牧野式配石と呼ばれるものと共通する珍しい配石である(ストーンサークルAにもこの構造は存在する)。直径が45mもあり列石の輪が三重になっている。周囲には6本柱の掘立柱建物跡があり、これは大湯環状列石にも共通するものである。

ストーンサークルDは直径約36mで石の密度はやや低い。ストーンサークルCとストーンサークルDは半分程度発掘調査が終了しており、発掘技術が向上後に残りの部分を発掘する予定である。

伊勢堂岱遺跡 日時計型組石

立石(日時計様組石)や列石に建物が附属する点では大湯環状列石との共通点があり、また、小牧野式配石もみられる本遺跡は、同一遺跡のなかで異なる文化要素をあわせもっている点で着目される。

ストーンサークル近くの沢やフラスコ状土坑からは板状土偶やヒョウタン型土器、キノコ型土製品なども発見されており、捨て場や貯蔵穴の墓への転用が考えられる。土坑墓には土器や石器が供えられていることが多く、共同墓地と個人用墓地との関係や再葬の可能性などについては、今後もひきつづき検討を要する。大湯環状列石では立石下に死者が埋葬されているが、伊勢堂岱遺跡では丸く配置されている石の中央に死者が埋葬されている。

遺跡範囲は20万平方メートルに広がっており、環状列石は遺跡北西部に集中している。また、遺跡の東部には100mを越える縄文時代の溝状遺構が発見されている。その少し北に、環濠遺構が発掘されているが、これは戦国時代に比内浅利氏の家臣の城跡のものであると推定されている。伊勢堂岱遺跡の近くにある小ヶ田集落は元々浅利氏の家臣であり、この台地に城跡があったとする言い伝えが残されている。

伊勢堂岱遺跡のストーンサークルは、米代川、小猿部川、湯車川といった河川から採取された20種類以上の岩石が使われている。これに対して、大湯環状列石では石英閃緑ひん岩のみが使用されている。

経緯[編集]

この遺跡は大館能代空港へのアクセス道路[1]建設の際に北秋田郡鷹巣町脇神(現・北秋田市)で発見された。遺跡を埋め戻すことも考慮されたが、遺跡の重要性からアクセス道路の進路を曲げて、この遺跡を保存しさらに発掘することを決定した。

現在伊勢堂岱遺跡は、「北海道・北東北の縄文遺跡群」として世界遺産への登録を目指している。

伊勢堂岱遺跡の東側の低地には、ガイダンス施設、体験学習広場、野外イベント広場、土舞台などが建設予定である。

アクセス[編集]

脚注[編集]

  1. ^ のちに秋田県道として秋田県道325号あきた北空港西線に認定され、2012年に秋田県道325号大館能代空港西線となる。

関連項目[編集]

参考資料[編集]

『北海道・北東北の縄文遺跡群リーフレットシリーズ18 史跡 伊勢堂岱遺跡』、北秋田市教育委員会縄文遺跡群世界遺産登録推進本部

外部リンク[編集]

座標: 北緯40度12分4.0秒 東経140度20分53.0秒 / 北緯40.201111度 東経140.348056度 / 40.201111; 140.348056