秋田内陸縦貫鉄道

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秋田内陸縦貫鉄道株式会社
Akita Nairiku Jūkan Railway Co.,ltd.
Aniai sta.jpg
本社が併設されている阿仁合駅
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:018-4613
秋田県北秋田市阿仁銀山字下新町119-4
設立 1984年10月
業種 陸運業
事業内容 鉄道事業
代表者 代表取締役社長 佐々木琢郎
資本金 3億円
発行済株式総数 6,000株
売上高 2億13百万円(2011年3月期)
営業利益 △2億58百万円(2011年3月期)
純利益 △7百万円(2011年3月期)
純資産 86百万円(2011年3月31日)
総資産 2億28百万円(2011年3月31日)
従業員数 59名(2011年3月31日)
決算期 3月31日
主要株主 秋田県 2,316株(38.6%)
北秋田市 1,362株(22.7%)
仙北市 924株(15.4%)
他1自治体 30株(0.5%)
秋田銀行 240株(4.0%)
北都銀行 240株(4.0%)
他 888株(14.8%)
外部リンク www.akita-nairiku.com/
特記事項:経営数字は、秋田内陸縦貫鉄道第27期事業報告書 (PDF) より。
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秋田内陸縦貫鉄道株式会社(あきたないりくじゅうかんてつどう)は、秋田県北秋田市に本社を置き、同県で秋田内陸線を運営する第三セクター鉄道会社

概要[編集]

第1次特定地方交通線に指定された角館線、第2次特定地方交通線に指定された阿仁合線及び両線を結ぶ日本鉄道建設公団建設線(鷹角線)を引き継ぎ、一体的に運営するために設立された秋田県及び沿線自治体等が出資する第三セクターである。

1986年、南北の既開業線を分断されたまま転換を受け暫定開業。国鉄から気動車を借入れて営業を行ったが、1989年に両線を結ぶ新線が開業し、阿仁合線開業以来半世紀以上を経て、沿線住民の悲願がかなうこととなった。

全通と同時に専用車両を用いた急行「もりよし」の運行を開始し、女性車掌や運転士を採用するなど話題を提供したが、100km近い長大路線であるうえ、沿線人口も少なく、もともと人的交流の少ない地域に敷設されたこともあって、厳しい経営が続いている。このため、存続かそれともバス代替かという議論は、県知事選挙や沿線で開かれる座談会などで必ずといってよいほど取り上げられるテーマでもある。

2008年9月、秋田県庁で県知事(当時)の寺田典城北秋田市市長の岸部陞仙北市市長の石黒直次らが秋田内陸線の存廃問題を協議した結果、2012年度まで内陸線を存続させることで合意した。同年度までの5年間の経営実績を踏まえ、存続させるかどうかを再度検討するとした。また、内陸線の安全対策工事費などの補助金を国から得て、2009年度から事業を始め、内陸線の老朽化した橋やトンネル、線路の改修、車両の修理に充てるとのこと。 だが、依然として厳しい経営が続いていることには変わりない。

2009年6月30日に行われた取締役会にて、同日付けで任期満了となり社長を退任する岸部陞(当時、市長は退任していた)の後任として、田沢湖高原リフト社長の若杉清一が選定され、同社としては初の民間からの登用となった。

2011年9月より、一身上の都合で辞意を表明していた若杉の後任となる社長を公募、応募者計63名の中から一時審査(書類選考)を通過した11人(内1人は辞退)が11月14日の個人面接(10人)に臨み、同日の臨時取締役会で神戸市在住の酒井一郎が新社長が選ばれた。

2012年、阿仁合駅のレストラン「こぐま亭」の直営化、急行の1両普通車両化、各駅停車2往復減便などで赤字額を1億9500万円に抑え、県の存続基準2億円を下回り、存続が延長された。

2013年、平成25年度の赤字見込み額が1億9983万円と報道されるが、厳しい経営が続いている。

2014年6月、酒井一郎が社長を退任し、後任としてJTB東北からの出向で佐々木琢郎が社長に就任した[1]

歴史[編集]

  • 1984年(昭和59年)10月31日:秋田内陸縦貫鉄道株式会社設立
  • 1985年(昭和60年)9月11日:比立内 - 松葉間免許
  • 1986年(昭和61年)11月1日:秋田内陸北線鷹巣 - 比立内間、秋田内陸南線松葉 - 角館間開業
  • 1989年(平成元年) 4月1日:比立内 - 松葉間開業(全通)。秋田内陸線に改称
秋田内陸線を走るAN8800形気動車
(阿仁合駅にて2008年撮影)

路線[編集]

運賃・料金[編集]

大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2014年4月1日現在[2]

キロ程 運賃(円)
1 - 3 170
4 - 6 240
7 - 9 300
10 - 12 370
13 - 15 430
16 - 18 490
19 - 21 570
22 - 24 630
25 - 27 690
28 - 30 760
31 - 34 820
35 - 38 880
キロ程 運賃(円)
39 - 42 950
43 - 46 1020
47 - 50 1080
51 - 55 1140
56 - 60 1210
61 - 65 1280
66 - 70 1340
71 - 75 1410
76 - 80 1470
81 - 85 1530
86 - 90 1590
91 - 95 1670


急行料金。2014年4月1日現在。

キロ程 料金(円)
50以下 160
51以上 320

車両[編集]

2003年4月1日現在、3形式15両の気動車を保有する。各形式の詳細は次のとおり。

AN8800形(8801 - 8809 9両)
1988年、全線開通に先立って新潟鐵工所で新造された全長18.5mの軽快気動車(NDC)。前面貫通構造の両運転台車。なお8808は、お座敷車両に改造された。
AN8900形(8901 - 8905 5両)
1989年、全線開通時に運転を開始した急行「もりよし」用の専用車両。AN8800形を基本としているが、前面形状を流線型非貫通とした片運転台車、8905は前面貫通型の両運転台車である。2012年からは急行運用から外され、主に臨時列車や団体専用車として使用されている。JR奥羽本線との臨時直通列車にも使用される。
AN2000形(2001 1両)
2000年に財団法人日本宝くじ協会が寄付し増備された片運転台車(宝くじ号)。運転台側の形状はAN8900形を踏襲し、側窓の拡大・天窓が設置された展望車となっている。主にイベント・団体専用車として使われる。

旧在籍車[編集]

キハ22形(キハ22 123,129,131,146,156,157,159(北線用)、133,161(南線用))
1986年の転換時に国鉄キハ22形9両を借入れたもの。外板塗色のみを変更してそのまま使用されたが、老朽化が激しく、AN8800形の投入により返還された。なお、156はその後津軽鉄道へ移籍して使用されている。

脚注[編集]

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参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]