ランペドゥーザ島
| ランペドゥーザ島 | |
|---|---|
| 座標 | 北緯35度31分00秒 東経12度34分47秒 |
| 面積 | 20.2 km² |
| 所在海域 | シチリア海峡(地中海) |
| 所属国・地域 | |
ランペドゥーザ島(イタリア語: Isola di Lampedusa)は、地中海のシチリア海峡にある、イタリア領最南端の島である。住民は約5500人。シチリア島の南方、チュニジアの東方に位置するペラージェ諸島を構成する島の一つである。
行政上は、ペラージェ諸島に属する他の島ともども、シチリア州アグリジェント県に属するランペドゥーザ・エ・リノーザという基礎自治体(コムーネ)を構成する。ランペドゥーザ島はペラージェ諸島最大の面積と人口を有する島であり、その中心である。
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名称 [編集]
この島は、シチリア語ではアンピドゥーサ(Ampidusa)と呼ばれる。ランペドゥーサとも転記される。
地理 [編集]
位置・広がり [編集]
ランペドゥーザ島はペラージェ諸島のうちで最も南にあり、ランピョーネ島の東南東約20km、リノーザ島の西南西約45kmに位置する。島の形は東西に細長く、長さ9kmに対し幅は1.5km程である。面積は20.2 km²で、シチリア所属の離島では6番目に大きい。
シチリア島のアグリジェントからは東南東へ約220kmもあるのに対し、チュニジアの海岸からは東へ113kmしか離れていない。地勢的にはアフリカとのつながりが強く、アフリカとの間の海底の最深部は120mほどである。なお、北北東へ約160kmの位置にイタリア領パンテッレリーア島、東北東へ約170kmの位置にマルタ共和国がある。
ランペドゥーザはイタリア共和国最南端の島である。北緯35°30'という緯度は、メリリャ(北緯35° 17')には及ばないもののチュニス、アルジェ、セウタなどより南にあり、ヨーロッパ大陸ではここより南の場所はない。なお、ヨーロッパ州最南端の島は、クレタ島(ギリシャ)の南にあるガヴドス島という小島で、北緯34° 48'に位置している。欧州連合ということで考えた場合、キプロス島が北緯34° 33' と最南端となる(スペインのカナリア諸島を除く)。
地勢 [編集]
島の最高点はアルベロ・デル・ソーレ(albero del sole)で、標高133m。
歴史 [編集]
1860年よりイタリア王国領となっており、その頃は流刑地として使われた。第二次世界大戦中の1943年には、パンテッレリーア島侵攻作戦(コークスクリュー作戦)に付随してイギリス軍によって占領されている。この戦いは、シチリア上陸作戦(ハスキー作戦)の前哨戦であった。1960年代には北大西洋条約機構の基地が設置された。
北アフリカから最も近い位置にあるヨーロッパ諸国の領土であり、2010年から翌年にかけて発生したジャスミン革命の最に、大量の難民がランペドゥーザに到着している[1]。イタリアではシェンゲン協定に基づき、他のヨーロッパ諸国へ難民を移動させたいとしているが、フランスなどはこの動きに反発し難民を乗せた列車を国境で停車させるなどしており、両国間で協議が行われている。
自然環境 [編集]
植生は地中海の特色を持つ、つまり不毛である。
交通 [編集]
空港 [編集]
人物 [編集]
ゆかりの人物 [編集]
- ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ - 貴族、作家。パルマ公爵、ランペドゥーサ公。
- ドメニコ・モドゥーニョ - 歌手、俳優、政治家。当地にて死去。