ユリアナ (オランダ女王)

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ユリアナJuliana Louise Emma Marie Wilhelmina van Oranje-Nassau1909年4月30日 - 2004年3月20日、在位:1948年 - 1980年) はオランダ女王、メクレンブルク公女、リッペ=ビーステルフェルト公妃。

ユリアナは、ヴィルヘルミナ女王とメクレンブルク公ハインリヒ(ヘンドリック)の娘としてハーグで生まれた。 1937年にリッペ=ビーステルフェルト公ベルンハルトと結婚、1938年に長女ベアトリクス王女を出産。その後も、イレーネ王女、マルフリーテ王女、マリーエ・クリスティーネ王女が誕生し、4人の娘に恵まれた(三女のマルフリーテは、カナダに亡命している間にオタワで誕生している [1] )。

1940年ナチス・ドイツの侵略により、母ヴィルヘルミナ女王と共にイギリス亡命、さらに、ヴィルヘルミナ女王の計らいでユリアナは娘たちを連れて、ヴィルヘルミナの従妹であるカナダ総督夫人アリスを頼り、カナダに亡命した[1]

第二次世界大戦終結後、本国に帰国。1948年、母の譲位でユリアナは王位に即く。女王は戦後のオランダを建て直し、再び繁栄の時代をもたらした。

1980年、王位を娘のベアトリクスに譲り、2004年にスーストダイク宮殿で歿した。


  1. ^ a b カナダは当時イギリス自治領であり、カナダで誕生した者にはイギリス国籍が与えられた。しかし、オランダは二重国籍を禁止しており、また「王位継承者はオランダで誕生した者に限る」という法律が存在したため、マルフリーテのオランダ国籍と王女としての資格が喪失されかねない事態に陥った。そのためカナダ議会は、ユリアナたちが滞在している病室をオランダの治外法権区域とする特別法を可決し、マルフリーテの権利を保護した。ユリアナはこれに深く感謝し、戦後オタワにチューリップの球根を贈呈している。


先代:
ヴィルヘルミナ
オランダ女王
第5代:1948年 - 1980年
次代:
ベアトリクス