アレクサンドリーネ・フォン・プロイセン (1803-1892)

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プロイセン王女/メクレンブルク=シュヴェリーン大公妃アレクサンドリーネ(フリードリヒ・ヴィルヘルム・シャドウ筆)

アレクサンドリーネ・フォン・プロイセン (Alexandrine von Preußen, 1803年2月23日 - 1892年4月21日)は、プロイセン王国の王族。全名はフリーデリケ・ヴィルヘルミーネ・アレクサンドリーネ・マリー・ヘレーネFriederike Wilhelmine Alexandrine Marie Helene)。プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世の次女で、メクレンブルク=シュヴェリーン大公パウル・フリードリヒの妃となった。

1803年2月23日フリードリヒ・ヴィルヘルム3世とその后であったメクレンブルク=シュトレーリッツ大公カール2世の次女ルイーゼの間に第六子として、ベルリンで誕生した。洗礼名の「アレクサンドリーネ」は代父ロシア皇帝アレクサンドル1世による。

1892年4月21日にアレクサンドリーネはシュヴェリーン宮殿メクレンブルク=フォアポンメルン州シュヴェリーン)で死去し、シュヴェリーン大聖堂に葬られた。

子女[編集]

1822年5月22日ベルリンでメクレンブルク=シュヴェリーン大公世子パウル・フリードリヒと結婚した。夫との間には以下の二男一女をもうけた。

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