マリー・フォン・シュヴァルツブルク=ルードルシュタット

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メクレンブルク大公妃マリー

マリー・カロリーネ・アウグステ・フォン・シュヴァルツブルク=ルードルシュタットMarie Karoline Auguste Prinzessin von Schwarzburg-Rudolstadt, 1850年1月29日 ルードルシュタット - 1922年4月22日 デン・ハーグ)は、ドイツシュヴァルツブルク=ルードルシュタット家の侯女で、メクレンブルク=シュヴェリーン大公フリードリヒ・フランツ2世の3番目の妻。

シュヴァルツブルク=ルードルシュタット侯子アドルフ(1801年 - 1875年)とその妻のシェーンブルク=ヴァルデンブルク侯女マティルデ(1826年 - 1914年)の間の第1子、長女として生まれた。弟は最後のシュヴァルツブルク=ルードルシュタット侯ギュンター・ヴィクトルである。1868年7月4日にルードルシュタットにおいて、フリードリヒ・フランツ2世と結婚した。夫はすでに2人の妻と死別しており、マリーより27歳年上だった。夫妻は1男3女の4人の子女をもうけた。

1922年、末息子ハインリヒの46歳の誕生日を祝うためにオランダのデン・ハーグを訪れていた際に亡くなった。遺骸はノールデインデ宮殿からデン・ハーグHS駅に運ばれ、列車でメクレンブルクに送られた。

子女[編集]