マイク・ベルナルド
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | マイケル・ショーン・ベルナルド |
| 通称 | 豪腕 南アフリカの剛腕 初代無冠の帝王 |
| 階級 | スーパーヘビー級 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1969年7月28日(39歳) |
| 出身地 | ケープタウン |
| スタイル | ボクシング |
| プロキックボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 78 |
| 勝ち | 54 |
| KO勝ち | 42 |
| 敗け | 18 |
| 引き分け | 3 |
| 無効試合 | 2 |
マイケル・ショーン・ベルナルド(Michael Shawn Bernardo、1969年7月28日 - )は、南アフリカ共和国出身の元キックボクサー、元ボクサー。身長193cm、体重110kg。南アフリカ共和国・ケープタウン出身。スティーブズジム所属。
一撃必殺の豪腕パンチに優れたボクシングテクニックと強力なローキックを武器に数々の名勝負を繰り広げ、ピーター・アーツ、アーネスト・ホースト、アンディ・フグと共に創世記のK-1四天王として君臨した。1996年には、当時絶対的な強さで時代を築いていたピーター・アーツにKO勝ちし、ワンマッチ最強の男、初代無冠の帝王などというニックネームもついた。
目次 |
[編集] 来歴
1995年、K-1 GRAND PRIXで初来日。開幕戦で優勝候補のアンディ・フグをKOすると、2回戦でもスタン・ザ・マンに上段蹴りでKO勝ちし、ベスト4の成績を収める。ジェロム・レ・バンナとともに、衝撃のK-1デビューを飾ることとなった。翌1996年のグランプリ準決勝ではピーター・アーツにKO勝ち。決勝でアンディ・フグに敗れ準優勝に終わるが、彼の登場によってK-1最強は誰なのかわからなくなった。その後もピーター・アーツをKOで退けると、彼の人気は急上昇することになり、CMやバラエティ番組にも出演。フグやアーツとともに、K-1の人気・知名度を向上させるのに大いに貢献した。
彼の快進撃は以降も続き、佐竹雅昭らK-1草創期の選手を圧倒していく。1998年のグランプリでは、フランシスコ・フィリォに生涯初のKO負けを体験させるが、準決勝でアーツに敗れてベスト4に終わる。翌1999年にミルコ・クロコップに左ハイキックでKO負けを喫すると、それ以降はボクシングに専念。だが、急死したアンディ・フグの遺言通り再びK-1のリングに舞い戻り、K-1 WORLD GP 2000 in FUKUOKAで見事優勝を果たした。2001年には、マイナーではあるがプロボクシング団体・WBFの世界ヘビー級王者に輝いている。
そして、この頃から彼のファイトスタイルも変化し、積極的に前に出る姿勢は影を潜めていった。また、長年のダメージの蓄積から試合中ダウンするシーンが目につくようになり、戦績は低迷することとなった。1999年からグランプリは開幕戦どまりで、2000年は出場権を得ていたにもかかわらず、怪我で決勝大会出場を逃す。2001年の名古屋大会では、決勝まで勝ち進んだものの、負傷のためリタイア。同年の福岡大会(敗者復活戦)では、アダム・ワットにKO負けを喫し、まさかの初戦敗退。2002年開幕戦ではマーク・ハントに、2003年開幕戦ではアレクセイ・イグナショフに敗れる。そして2004年には、かつての弟弟子であるヤン・"ザ・ジャイアント"・ノルキヤに敗北。JAPAN GPにはプライドを捨て出場したが、富平辰文にまさかのKO負け。日本人相手に初の黒星となった。
2002年のラスベガス大会以降、スティーブ・カラコダコーチとは別れていたが、2004年に電撃和解。かつての豪腕を取り戻すため必死にトレーニングを続け、未だになれぬ悲願のK-1世界王者を夢見ていた。しかし、2006年に現役引退を表明し、同年9月30日のK-1 WORLD GP 開幕戦で引退セレモニーが開催された。
引退後はコーチを務め、アーネスト・ホーストと共に、日本人選手の育成に励んでいる。
[編集] エピソード
- スキンヘッドがトレードマーク。
- 剃刀メーカーシックの「プロテクター」のCMに出演し、「切れてなーい」のフレーズでお茶の間にも広く親しまれる。
- 日本で一時流行ったギャグを披露するなど、サービス精神旺盛な一面もある(「だっちゅーの」など)。
- 敬虔なクリスチャンとしても有名で、試合用トランクスには十字架が描かれていた。また、バンテージチェック後マジックでバンテージにも十字架を書いていた。
- とても人柄が良い事で知られている。2001年にライバルのジェロム・レ・バンナと対戦する際には、バンナが脛を14針も縫う怪我を負っていた事を知っていたベルナルドは試合前日会見で、「ジェロムが足を怪我しているというなら、パンチだけで勝負してもいいよ。僕らはお互いに素晴らしいパンチャー同士だからファンも喜ぶだろうからね」と気遣うほどである(しかし、プライドの高いバンナは「そんな気遣いは無用だ!ニヤニヤしてんじゃねえ!」と逆に怒ってしまった)
- 引退セレモニーでは、斎藤佑樹を意識して青いハンカチで汗をふくパフォーマンスを見せて場内の笑いを誘った。現役を引退するため、人気を取ろうとするためのパフォーマンスが必要ない立場にもかかわらず、このようなファンを喜ばせる事をする辺りにベルナルドの人柄の良さが表れている。
- 親日派でもあり、日本で行われた自身の結婚式では袴を着用し、婦人は文金高島田の出で立ちであった。
- 2004年、入場テーマ曲に自ら参加したSEALの「マイ・セルベイション」を使用する。
- 2005年に開催された愛知万博では、南アフリカ館親善大使に任命された。
- 弟のカール・ベルナルドも、K-1のリングにあがっている(K-1 REVENGE '96にて初来日。アーネスト・ホーストに2RKO負け)。
[編集] ボクシング略歴
- 1993年2月28日、デリス・ムセムワに3RKO勝ちでプロデビュー。
- 1993年4月6日、アントン・ネルに1RTKO負け。
- 2000年5月12日、ダニエル・ジェリングと空位のWBF世界ヘビー級王座決定戦を争い、6RTKO勝ちし、タイトル獲得。ジェリングの王座決定戦時の戦績が物議を醸す(1勝5敗)。
- 2001年6月8日、ピーター・マクニーリーに1RTKOで同王座初防衛。
[編集] 戦績
[編集] ボクシング
| プロボクシング 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 13 試合 | (T)KO | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 | |
| 11 勝 | 9 | 1 | 0 | |||
| 1 敗 | ||||||
[編集] キックボクシング
| キックボクシング 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 74 試合 | (T)KO | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 | |
| 53 勝 | 42 | 3 | 2 | |||
| 18 敗 | ||||||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| △ | ガオグライ・ゲーンノラシン | 3R終了 判定1-0 | 新日本キックボクシング協会「TITANS 1st」 | 2004年11月6日 |
| ○ | ピーター・マエストロビッチ | 5R終了 判定 | K-1 World Championships Basel 2004 | 2004年9月18日 |
| × | 富平辰文 | 1R 1:09 KO(左ハイキック) | K-1 WORLD GP 2004 in SHIZUOKA 【準々決勝】 |
2004年6月26日 |
| × | ヤン"ザ・ジャイアント"ノルキヤ | 1R 2:32 KO(3ノックダウン) | K-1 WORLD GP 2004 in SAITAMA | 2004年3月27日 |
| ○ | セルゲイ・グール | 2R KO | K-1 FINAL FIGHT STARS WAR(クロアチア) | 2003年10月31日 |
| × | アレクセイ・イグナショフ | 2R 2:11 KO(右ローキック) | K-1 WORLD GP 2003 開幕戦 ALL STARS 【1回戦】 |
2003年10月11日 |
| ○ | バタービーン | 2R 1:01 KO(右ハイキック) | K-1 SURVIVAL 2003 〜JAPAN GP 決勝戦〜 | 2003年9月21日 |
| △ | フランシスコ・フィリォ | 5R終了 判定1-0 | K-1 WORLD GP in FUKUOKA | 2003年7月13日 |
| × | ステファン"ブリッツ"レコ | 5R終了 判定0-3 | K-1 WORLD GP 2003 in Basel | 2003年5月30日 |
| ○ | 中迫剛 | 2R 1:01 TKO(タオル投入) | K-1 BEAST 2003 〜山形初上陸〜 | 2003年4月6日 |
| ○ | ゲーリー・グッドリッジ | 1R 2:12 KO(右フック) | INOKI BOM-BA-YE 2002【K-1ルール】 | 2002年12月31日 |
| × | マーク・ハント | 3分3R+延長R終了 判定0-3 | K-1 WORLD GP 2002 開幕戦 【1回戦】 |
2002年10月5日 |
| ○ | トム・エリクソン | 1R 2:30 KO(右フック) | K-1 ANDY SPIRITS 〜JAPAN GP 決勝戦〜 | 2002年9月22日 |
| × | ゲーリー・グッドリッジ | 1R 1:38 TKO(レフェリーストップ) | K-1 WORLD GP 2002 in LAS VEGAS | 2002年8月17日 |
| × | レイ・セフォー | 5R終了 判定0-3 | K-1 WORLD GP 2002 in NAGOYA | 2002年3月3日 |
| ○ | アダム・ワット | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2001 決勝戦 【リザーブマッチ】 |
2001年12月8日 |
| × | アダム・ワット | 1R 2:27 KO(2ノックダウン) | K-1 WORLD GP 2001 in FUKUOKA 【敗者復活戦 Bブロック1回戦】 |
2001年10月8日 |
| ○ | ロイド・ヴァン・ダム | 延長R終了 判定2-0 | K-1 WORLD GP 2001 in NAGOYA 【準決勝】 |
2001年7月20日 |
| ○ | タケル | 2R 1:40 TKO(タオル投入) | K-1 WORLD GP 2001 in NAGOYA 【1回戦】 |
2001年7月20日 |
| - | ジェロム・レ・バンナ | 1R終了時 無効試合(ゴング後の攻撃) | K-1 GLADIATORS 2001 | 2001年3月17日 |
| ○ | 天田ヒロミ | 4R 1:32 TKO(タオル投入) | K-1 RISING 2001 〜四国初上陸〜 | 2001年1月30日 |
| ○ | ミルコ・クロコップ | 1R 1:07 TKO(タオル投入) | K-1 WORLD GP 2000 in FUKUOKA 【決勝】 |
2000年10月9日 |
| ○ | アンドリュー・トムソン | 1R 0:34 TKO(ドクターストップ) | K-1 WORLD GP 2000 in FUKUOKA 【準決勝】 |
2000年10月9日 |
| ○ | ユルゲン・クルト | 1R 2:24 KO(右フック) | K-1 WORLD GP 2000 in FUKUOKA 【1回戦】 |
2000年10月9日 |
| ○ | セルジオ"ブラック・パンサー"エスペ | KO | K-1 WORLD GP 〜アフリカ地区予選 | 2000年9月3日 |
| - | ジャスティン・フォーチュン | 1R 1:03 無効試合(バッティング) | K-1 WORLD GP 2000 in NAGOYA | 2000年7月30日 |
| × | ミルコ"クロコップ"フィリポビッチ | 1R 1:20 KO(パンチ、3ノックダウン) | K-1 GRAND PRIX '99 開幕戦 【1回戦】 |
1999年10月3日 |
| ○ | ロニー・セフォー | 4R 1:24 KO(右フック) | K-1 SPIRITS '99 | 1999年8月22日 |
| × | サム・グレコ | 5R終了 判定0-3 | K-1 BRAVES '99 【WAKO PRO世界ムエタイスーパーヘビー級タイトルマッチ】 |
1999年6月20日 |
| ○ | 佐竹雅昭 | 5R終了 判定3-0 | K-1 REVENGE '99 | 1999年4月25日 |
| × | ピーター・アーツ | 1R 2:53 TKO(右ストレート、2ノックダウン) | K-1 GRAND PRIX '98 決勝戦 【準決勝】 |
1998年12月13日 |
| ○ | フランシスコ・フィリォ | 3R 1:35 TKO(右フック、2ノックダウン) | K-1 GRAND PRIX '98 決勝戦 【準々決勝】 |
1998年12月13日 |
| ○ | サダウ・ゲッソンリット | 1R 2:00 TKO(右アッパー、タオル投入) | K-1 JAPAN '98 〜神風〜 | 1998年10月28日 |
| ○ | モーリス・スミス | 5R終了 判定3-0 | K-1 GRAND PRIX '98 開幕戦 【1回戦】 |
1998年9月27日 |
| ○ | アンドリュー・トムソン | 1R 3:03 TKO(右ストレート) | K-1 BUSHIDO '98 | 1998年8月28日 |
| ○ | グラウベ・フェイトーザ | 1R 1:42 TKO(右フック、3ノックダウン) | K-1 DREAM '98 | 1998年7月18日 |
| ○ | ゴードン・マイナーズ | 2R 2:05 KO(左フック) | K-1 KINGS '98 【WAKO PRO世界ムエタイスーパーヘビー級タイトルマッチ】 |
1998年4月9日 |
| × | ピーター・アーツ | 3R 1:17 KO(右ボディストレート、2ノックダウン) | K-1 GRAND PRIX '97 決勝戦 【準々決勝】 |
1997年11月9日 |
| ○ | ブランコ・シカティック | 1R 0:38 TKO(額負傷) | K-1 GRAND PRIX '97 開幕戦 【1回戦】 |
1997年9月7日 |
| × | アンディ・フグ | 5R終了 判定 | K-1 FIGHT NIGHT '97 〜THE DECISION〜 【WKA世界ムエタイスーパーヘビー級タイトルマッチ】 |
1997年6月7日 |
| × | アーネスト・ホースト | 4R 1:03 TKO(左フック) | K-1 BRAVES '97 | 1997年4月29日 |
| ○ | 佐竹雅昭 | 2R 1:24 TKO(右フック) | K-1 KINGS '97 | 1997年3月16日 |
| △ | スタン・ザ・マン | 5R終了 判定1-0 | K-1 HERCULES '96 | 1996年12月8日 |
| ○ | ピーター・アーツ | 3R 2:37 KO(右フック) | K-1 STAR WARS '96 | 1996年10月8日 |
| ○ | ピーター・アーツ | 1R 2:21 反則(急所攻撃) | K-1 REVENGE '96 | 1996年9月1日 |
| × | アンディ・フグ | 2R 1:18 KO(フグトルネード) | K-1 GRAND PRIX '96 決勝戦 【決勝】 |
1996年5月6日 |
| ○ | ムサシ(現・武蔵) | 3R終了 判定3-0 | K-1 GRAND PRIX '96 決勝戦 【準決勝】 |
1996年5月6日 |
| ○ | ピーター・アーツ | 3R 0:13 KO(左フック) | K-1 GRAND PRIX '96 決勝戦 【準々決勝】 |
1996年5月6日 |
| ○ | ジェフ・ルーファス | 2R 1:37 TKO(右フック、3ノックダウン) | K-1 GRAND PRIX '96 開幕戦 【1回戦】 |
1996年3月10日 |
| × | ピーター・アーツ | 1R 0:40 KO(右フック) | K-1 HERCULES | 1995年12月9日 |
| ○ | アンディ・フグ | 2R 2:43 TKO(右ストレート) | K-1 REVENGE II | 1995年9月3日 |
| × | ジェロム・レ・バンナ | 2R 3:05 KO(右ローキック) | K-1 GRAND PRIX '95 決勝戦 【準決勝】 |
1995年5月4日 |
| ○ | スタン・ザ・マン | 3R 1:42 KO(右ハイキック) | K-1 GRAND PRIX '95 決勝戦 【準々決勝】 |
1995年5月4日 |
| ○ | アンディ・フグ | 3R 2:39 TKO(タオル投入) | K-1 GRAND PRIX '95 開幕戦 【1回戦】 |
1995年3月3日 |
[編集] 総合格闘技
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 0 勝 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 |
| 0 敗 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| △ | 高田延彦 | ドロー | INOKI BOM-BA-YE 2001 | 2001年12月31日 |
[編集] 獲得タイトル
- 第10代WBF世界ヘビー級王座
- ワールド・オリンピック キックボクシングスーパーヘビー級王座
- 第3代WAKO-PRO世界ムエタイスーパーヘビー級王座
- WKAムエタイ世界スーパーヘビー級王座
- K-1 GRAND PRIX '96 準優勝
- K-1 WORLD GP 2000 in FUKUOKA 優勝
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
| 前王者 ジョー・ヒップ |
第9代WBF世界ヘビー級王者 2000年5月12日 - 2002年 |
次王者 アレキサンドル・ヤコブ |
| 前王者 ゴードン・マイナーズ |
第3代WAKO PROムエタイ世界スーパーヘビー級王者 1998年4月9日 - 1999年6月20日 |
次王者 サム・グレコ |
| 前王者 アンディ・フグ |
WKAムエタイ世界スーパーヘビー級王者 2004年9月18日 - 2005年 |
次王者 |

