ヘルマン・フォン・ザルム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
アイスレーベン市庁舎にあるヘルマン・フォン・ザルムの頭像

ヘルマン・フォン・ザルム(Hermann von Salm)またはヘルマン・フォン・ルクセンブルク(Hermann von Luxemburg, 1035年頃 - 1088年9月28日)は、ザルム伯。ザルム家の始祖。神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世対立王としてドイツ王に選ばれた(1081年 - 1088年)。ルクセンブルク伯ギゼルベルト (enの次男で、ルクセンブルクは兄コンラート1世 (enが相続している。

ハインリヒ4世と叙任権闘争を繰り広げたローマ教皇グレゴリウス7世によって、シュヴァーベン大公ルドルフ (enに代わって対立王に立てられたが、諸侯を押さえる力を持たなかった。ヘルマンの死後、ザルムは息子のヘルマンが相続、反ハインリヒ4世派はマイセン辺境伯エクベルト2世を擁立したが、彼が対立王かどうかは不明。