パラメトロン

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パラメトロン: parametron)はフェライトコアによるパラメータ励振現象を応用した論理素子である。 1954年に当時東京大学大学院理学部高橋秀俊研究室)の学生であった後藤英一によって発明された。

発明当初は注目され、日本電子測器や東京電気化学工業(今のTDK)が製造を手がけてコンピュータを構成する素子として利用されたが、最終的にトランジスタに取って代わられ、表舞台から姿を消した。日本でまったく独自に開発された論理素子として、歴史上注目される。

概要[編集]

コンピュータの黎明期であった1950年代、日本ではフリップフロップひとつを作るのに真空管では1個約千円、トランジスタでは数千円もかかった[1]上、信頼性も低く、安定していなかった。コンピュータにかけられる予算は、例えば後藤の言では、アメリカのマサチューセッツ工科大学と比較すると1000分の1[2]と困窮していたため、後藤らは、電話交換機に使う回転スイッチを利用したコンピュータや、デカトロン管を利用した十進法によるコンピュータなど、他の装置をいろいろ検討、手作業でシミュレートした。この時に物理学や応用数学に詳しかった事が役に立ったという。そして一個5円しかしないフェライトコアの性質を利用できないかとあれこれやっているうち[3]パラメータ励振現象を利用する方法を思いつく[4]。パラメータ励振を利用している事から、パラメトロンと命名した。後藤によると、コンピューター自体が発明されていた時代だったので、パラメトロン自体はさほど大騒ぎされなかったという。

作りと原理[編集]

ドーナツ状のフェライトコア二個にコイルを(PC-1では[5])それぞれ10回巻き、直列につなげ、コンデンサ一個をつないで発振回路を作る。励振のための電線を、コアの穴を貫通させるように通し、これに励振電流を流して電気振動を発生させると、フェライトコアの磁気的性質により、発振回路にパラメータ励振という現象が起き、励振電流を2分の1分周した、周波数が半分の振動が起きる。この振動は、励振電流に対して位相が0かπの2種類の振動のどちらかになるので、これを二進法での0か1に対応させれば1bitを記憶することができる。また、励振の起こり始めは、わずかな初期状態がタネになってどちらの位相になるかが確定するという、一種の増幅のような作用もある。

最初に実験に使用した銅・亜鉛系フェライト(加藤与五郎武井武による開発)が、パラメトロン用に偶然にも適した材料だった、という。マンガン・亜鉛系やニッケル・亜鉛系は他の特性では優れているが、どういうわけかパラメトロン用には銅・亜鉛系が最良であった。[6]

計算機械用に大量に使用するには消費電力の関係で小さいコアが良く、TDKに直径4mmのものを製造依頼した。後には(PC-2では)さらにパラメトロン専用に形状を設計した「眼鏡型コア」を使っている。

長所[編集]

  • 真空管に比べ価格が非常に安い。
  • リレーと比べて高速動作が可能。
  • 真空管や初期のトランジスタと比べ、安定している。
  • フェライトコアは焼き物なので、物理的にも壊れにくい。

短所[編集]

  • トランジスタに比べ消費電力が大きい。
  • 同時代のトランジスタ計算機が動作周波数1メガヘルツを達成していたのに対し、パラメトロンは10-30キロヘルツ[7]程度と動作速度が遅い。後にジョン・マッカーシーと親しくなった際「パラメトロンは面白い発想だが、なぜそんな遅い素子を作った?」と聞かれたという。
  • 発熱量が大きく、周波数を上げるとコアが加熱し磁性が変化(焼け)、動作に支障する。

パラメトロンを使った計算機[編集]

商用コンピュータも複数登場している。採用期間は3年弱と短い。

日本電子測器[編集]

  • PD 1516:(1956年)開発部門は後に富士通に移った。

東京大学(高橋研究室)[編集]

  • PC-1/4:(1957年)PC-1の予備実験機で、手帳ほどの大きさ。9ビットで2進4桁の計算が可能。入力装置はトグルスイッチが7個のみである。
  • PC-1:(1958年)
幅2m高さ1.5mの筐体を持つ36ビット機。(日本電子測器、富士通の[8])リレー配線を担当していた女子社員が、パラメトロン4300個を製作した。励振周波数2メガヘルツ、動作周波数15キロヘルツ。記憶装置は256バイト。命令形態はシンプルな加減乗除のみだが、後藤の独案により足し算・掛け算・割り算を高速に行う「高速桁上げ回路」、複数命令を同時に行う「先回り制御」を搭載。入出力は6穴鑽孔テープ。最初のプログラムは、何もデータが書いていない部分(十六進数で"00")の部分だけとばす「イレーズ ブランク」(直訳すると空白消去)。外部から多くの人が使用しに来たという。解体され現存しない。
  • PC-2:(1960年)
文部省(今の文部科学省)の資金援助を受け、富士通と共同開発。PC-1を科学計算用にパワーアップしたもので、パラメトロンは13000個使用。励振周波数6メガヘルツ、動作周波数60キロヘルツ。語長は48ビット。浮動小数点演算、データサーチ、四進数掛け算などの機能を搭載。パラメトロン機としては最速で、トランジスタ機ETL Mark IV A(当時はまだ速度的に不利だった接合型トランジスタであるが)より速かった[9]自然対数eの1000桁計算に9秒。FACOM 202として製品化。

日本電信電話公社(電気通信研究所)[編集]

日立製作所[編集]

  • HIPAC MK-1:(1957年12月)同社初のコンピュータ。
  • HIPAC 101:(1960年)製品化。
  • HIPAC 103:(1961年8月)製品化。科学技術計算用。

日本電気[編集]

  • NEAC-1101:(1958年)同社初のコンピュータ。
  • NEAC-1102:(1958年)東北大学と共同開発。別名 SENAC。
  • NEAC-1103:(1960年)防衛庁に納入
  • NEAC-1201:(1961年)事務用(オフコン)として製品化。後継機としてNEAC-1202、NEAC-1210がある。

沖電気[編集]

  • OPC-1:(1959年)

富士通[編集]

  • FACOM 200:(1958年)
  • FACOM 212:(1959年)事務用(オフコン)として製品化。
  • FACOM 201:(1960年)MUSASINO-1B の製品化
  • FACOM 202:(1960年)PC-2 の製品化。科学技術計算用。完成当時、日本最高速。

三菱電機[編集]

光電製作所[編集]

  • KODIC-401:(1960年)
  • KODIC-402: (1961年)汎用, 10進16桁、磁気ドラム記憶装置 4000words, KODIC-401の製品化

パラメトロンに類似した論理素子[編集]

C可変型[編集]

後藤とほぼ同時期(特許出願が1954年4月)に、フォン・ノイマンがリアクタンス(L)ではなく静電容量(C)のほうを変化させるパラメータ発振を利用するアイディアを思いついている[10][11]

薄膜磁性体パラメトロン[編集]

同じ原理で、薄膜磁性体を利用したパラメトロンも研究されたが、大規模に製品化はされなかった。

磁束量子パラメトロン[編集]

英語版「quantum flux parametron」も参照。

磁束量子パラメトロン[12]といったものも研究されている。1986年に後藤らにより、ジョセフソン効果を利用するもので最大16GHzもの高速動作が可能なスイッチング素子として提案されたものである。この素子の原理が似ていることについて後藤は「(略)。原理がパラメトロンと似てるっていうのはさ、まあ、同じ人間が考えると同じようなものができるってことだろうね」[13]とインタビューに対して答えている。高速性の他、他の超電導デバイス(ジョセフソン素子等)と比較して省電力性が特徴だが大規模な集積はできていない。量子を利用しているが、いわゆる量子計算ではない。

量子焼きなまし法を実現したコンピュータの建造に成功した(と主張している)D-Wave Systems社が公開している資料中に、磁束量子パラメトロンへの言及がある。量子ビットの最終状態を読み出せるようにするためにブーストするある種のプリアンプだとしている[14]。また、断熱磁束量子パラメトロン(AQFP)を使った、ランダウアーの原理にもとづく限界に迫る可逆計算素子が提案されている[15]

その他[編集]

NEMSの研究で、「ナノ機械パラメトロン素子」の研究がある[1]

前述の磁束量子パラメトロンと同様に超電導を使うが別物の、パラメトロンの原理で動作する超電導の素子を、2014年7月25日に理研が発表している。[16]

脚注[編集]

  1. ^ 『計算機屋かく戦えり』ハードカバー版 p.38 の、後藤の言によればトランジスタは「8000円」だが、当時についての別の資料では、たとえば ETL Mark IV(『日本のコンピュータの歴史』p. 146)で、和田弘が電話交渉で定価3000円のところを1500円にまけさせた、とある。点接触か接合か、入手経路は、などいろいろ要素があり、正確な数字を挙げるのは難しい。
  2. ^ 『計算機屋かく戦えり』ハードカバー版 p.40
  3. ^ 『日本のコンピュータの歴史』p. 114
  4. ^ 『日本のコンピュータの歴史』pp. 56-57 より「パラメータ励振現象そのものは以前から知られていたが,その位相弁別機能を2値素子として利用し,励振の断続によって増幅と多数決に基づく論理演算ができることに気づいたことに,後藤の独創があった.」
  5. ^ 『パラメトロン計算機』図2-16
  6. ^ 『日本のコンピュータの歴史』(1985年)p. 115
  7. ^ 『計算機屋かく戦えり』ハードカバー版 p.40。なお、おそらく最速はPC-2(FACOM 202)の動作周波数60kHz(励振周波数6MHz)。『パラメトロン計算機』図2-16によれば試験回路において200kHzの記録がある)
  8. ^ 『パラメトロン計算機』p. 7
  9. ^ http://museum.ipsj.or.jp/computer/dawn/0026.html
  10. ^ 米国特許2815488
  11. ^ NAID 120005367873
  12. ^ : quantum flux parametron、QFP
  13. ^ 『計算機屋かく戦えり』1996年版 p.44
  14. ^ http://dwave.files.wordpress.com/2010/10/20100909_d-wave_unit_cell_overview_i_richard_harris.pdf の33枚目(資料中の頁番号では28/45)
  15. ^ Reversible logic gate using adiabatic superconducting devices doi:10.1038/srep06354
  16. ^ http://www.riken.jp/pr/press/2014/20140725_1/digest/

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]