ドレッドロックス

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ドレッドロックスを伸ばしたラスタマン。

ドレッドロックス(あるいは単にロックスドレッドなどと呼ばれる)とは、互いに絡まり合ってロープのような束形状になった髪型のこと。

ドレッドロックスという単語自体はラスタファリ・ムーブメントから発祥したものであるが、世界の様々な文明で用いられ続けてきた髪型である。ラスタファリアンにとってのドレッドロックスとは、本来は長期間ブラシ剃刀はさみを使用する事無く、頭髪を自然に成長させるままにしておく事で形成される。

人工的に作る場合は頭髪を櫛で逆立てて絡ませたり、パーマをして三つ編みを絡めてゆくなど、複数の手法が存在する。

歴史[編集]

ドレッドロックスの最も古い最初の実例は古代エジプト王朝にまでさかのぼる。当時のエジプトの王族や平民は髪型をドレッドロックスにしたり、またはそのようなかつらを身に付けていた事がレリーフ、彫像、およびその他の遺物によって明らかになっている[1]。ドレッドロックスのかつらは、ミイラ化したドレッドロックスの古代エジプト人の遺体と同じくらい考古学の遺跡から出土・復元されている[2]

ヴェーダの文書群には、書物としては最も古いドレッドロックスの証拠となる記述がある。これらの起源は、紀元前2500年ごろから紀元前1500年ごろではないかとされているが、正確な年代は不明であり、未だ議論が続いている。ヴェーダの最高神シヴァとその信奉者はヴェーダの文書の中で「jaTaa」として記述されており、この言葉の意味する所は「頭髪を寄り合わせた房にする」という事である。この言葉はおそらくドラビダ語の単語「caTai」、「より合わせる」もしくは「巻き付ける」といった意味の単語を由来としているとされている。ヒンドゥー教の神話において、シヴァは地球が破壊されるのを防ぐため、自身の頭髪で強力なガンジスの重量を受け止め、髪の中にガンジスの女神ガンガを閉じ込めてしまった。彼女が髪から解放されると、水は惑星に浄化をもたらしたとされる。古代ローマ時代の記述によると、「まるで蛇のような髪型」とケルト人のドレッドロックスについて記載されている。

ゲルマン民族、バイキング、ギリシャ人、太平洋の種族、ナガ族、そして少数の修行集団から様々なメジャーな宗教が当時、髪をドレッドロックスにしていた。さらに、ユダヤ教のナジル人、ヒンドゥー教の聖者、イスラム教のデルビッシュ、キリスト教コプト正教会修道士、その他もそうであった。また最初期のキリスト教徒もこのような髪型であった可能性がある。中でも特筆すべきはイエスの兄弟でありエルサレム初のビショップでもあるヤコブの記述で、彼のドレッドロックスは踝まで届くほどであったという。

ドレッドロックスはメキシコの文化の一部にもまた存在する。アステカにおけるしきたりの記述の中で、歴史家のウィリアム・ヒックリング・プレスコットは14世紀、15世紀、そして16世紀メソアメリカアステカ文明のドレッドロックスの神官について言及している。

On the summit he was received by six priests, whose long and matted locks flowed disorderly over their sable robes, covered with hieroglyphic scrolls of mystic import. They led him to the sacrificial stone, a huge block of jasper, with its upper surface somewhat convex.
黒い毛皮のローブの上に、長くそして絡まり合った髪の房を乱雑に垂れ下げた男が、不可解な象形文字に覆われた巻物を運び、頂上で6人の神官に迎えられた。神官たちは、幾分高くなり、巨大な碧玉で出来た生け贄の祭壇へと彼を導いた。

ウィリアム・H・プレスコットHistory of the Conquest of Mexico

セネガルでは、Shaykh Aamadu Bàmba Mbàkkeによって1887年に「Baya Fall」が創設されたが、Mouride運動の信奉者でありイスラム教の土着の一宗派である「Baya Fall」は、何色もの色彩の服を着て、ドレッドロックスを伸ばしている事で有名である[3]。Baye Fallの学校である「Mouride Brotherhood」を創立したCheikh Ibra Fallは、自分こそが「西アフリカで初めてのドレッドロックス」であると主張している。

ジャマイカでの最初の記録は1950年代のもので、ドレッドロックスという単語は「黒人の若者の信仰」、つまり社会から取り残されたジャマイカの貧困層の間で1930年代頃から広がり始めていたラスタファリ・ムーブメントを見下すための蔑称であったという記録がある。ラスタファリアンはエチオピアの皇帝ハイレ・セラシエ1世と同じ髪型にするのをやめ、その代わりに髪型をドレッドロックスにしたのである。そしてこの髪の房がその見た目から「dreadful」(恐ろしい、こわい)と呼ばれ、古来よりの伝統ある髪型の現代の名称「ドレッドロックス」の語源となったのである。また「ラスタロックス」の起源について、異なる説も存在する。複数のソースによると、19世紀後半に労働者としてジャマイカにやって来たインディアンの中の、レナード・ハウエルの最初の信奉者たちの間でラスタロックスがなされていたという痕跡がある。また他にも、最初のラスタ・ドレッドロックスは、1940年代のケニアで英国の植民地主義に対して、大規模なキクユ族による民族主義的な抵抗運動をした「マウマウ団」(「マウマウ」とはキクユ語で「外、外!」という意味)の「dreaded locks」に由来するとも信じられている。

一方、多くのラスタファリアンは、ラスタロックスは、モーセ五書の四番目の書物『民数記』の中の、ナジル人の三つの誓いの内の一つに由来すると説明している。

All the days of the vow of his separation there shall no razor come upon his head: until the days be fulfilled, in the which he separateth himself unto the LORD, he shall be holy, and shall let the locks of the hair of his head grow.
ナジル人でいる間は、頭上に剃刀を使ってはならず、自らの主に使えている間は、彼は聖なる存在であり、頭の毛髪を伸ばし続けなければならない。

民数記 6:5、KJV

聖書の中において言及されるサムエル洗礼者ヨハネ、そしておそらくは聖書の記述の中でも最も有名であるサムソン達を含むナジル人の人生は、七本の房があり、そしてその頭髪を切られると、自らの持つ大きな力を失うという共通点がある。

ヒンドゥー教における宗教的・精神的意味[編集]

獅子と闘うドレッドロックスのサムソン。15世紀アイスランドの写本。

様々な文化間において、頭髪をドレッドロックスにするという行為には様々な理由が存在する。それは、深い信仰の表れであり、精神的な信念であり、民族の誇りの表明、政治的な表現、あるいはただ単にファッションとして。「ドレッドロックス」という単語の侮辱的な歴史への返答として、「ロックス」や「アフリカン・ロックス」のような代替のための用語がある。またこのような髪型が出来上がるまでの過程をより正確に言い表すなら「dreading」よりもむしろ「locking」のような単語が正しいとする主張もある。

ヒンドゥー教の聖者や聖女、インディアンの聖なる男性と女性の間では、ドレッドロックスは神聖な物とされており、頭髪をこのような形状におく事によって肉体的な外見など重要ではないという事を精神的に理解しているという事の表明であり、世俗的な虚栄心には無関心であるという表れなのである。この「サンニャーシン」は、その人間が人生において、ただ単に世間一般社会の有り様に付き従うのではなく(そしてそれは自らの頭髪の房を伸ばす事も含め)、精神的な変容を完成させ、世俗的な生活との決別、精神を決定付ける「バイラーギャ」を発達させる特別な時期なのである。絡まり合った頭髪の公的な象徴は、特別な経験を経てそれぞれの時代において、このように独自に改変されて来た。シヴァとシヴァの豊かな頭髪にまつわるほぼ全ての神話は、絶え間ない極端な禁欲と生殖の相互作用、影響、そして創造と破壊の要素の結びつき、であるのに対し、シヴァの頭髪はその力のコントロールを象徴している。

「Gangadhara」状態のシヴァは、天界から落下してきた女神ガンガを、世界が大洪水にならぬよう、自分の頭髪で受け止め、そして捕らえて操った。川によって地球が破壊されるのを防ぐと、ガンガはシヴァの頭髪から解放された。

ナタラジャは、踊りの神としてのシヴァの一形態で、宇宙の創造、維持、そして破壊を表すタンダバと呼ばれる踊りを踊る。シヴァは長い髪の房は、通常時はピラミッドのような形状で頭上で編んであるが、踊っている間は髪がほどけて天体に衝突する。

脚注[編集]

外部リンク[編集]

関連項目[編集]