ギジェルモ・フランコ
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| 名前 | |||||||
| 本名 | ギジェルモ・ルイス・フランコ・ファルクアソン | ||||||
| 愛称 | ギジェ | ||||||
| ラテン文字 | Guillermo Luis FRANCO Farcuason | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1976年11月3日(35歳) | ||||||
| 出身地 | コリエンテス | ||||||
| 身長 | 182cm | ||||||
| 体重 | 76kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| ポジション | FW | ||||||
| 背番号 | 20 | ||||||
| 利き足 | 左足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 代表歴 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年6月23日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ギジェルモ・フランコ(Guillermo Luis Franco Farcuasón、1976年11月3日 - )は、アルゼンチン・コリエンテス州・コリエンテス出身のサッカー選手。CAベレス・サルスフィエルド所属。メキシコ代表であった。ポジションはFW。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] クラブ
[編集] 初期の経歴
1995年にCAサン・ロレンソからデビューし、主に右ウイングとして2002年までプレーした。2002年の中頃にメキシコのCFモンテレーに移籍し、アペルトゥーラ2002のアトランテCF戦でデビュー。アペルトゥーラ2004ではフォワードとしてプレーし、16試合に出場して15得点を挙げて得点王に輝いた。クラウスーラ2003ではリーグ優勝を果たし、2004年と2005年には準優勝した。CFモンテレーでは4年間で57得点を挙げ、メキシコに帰化してメキシコ代表入りを果たした。
[編集] ビジャレアルCF
2006年1月、CAサン・ロレンソ時代の恩師であるマヌエル・ペジェグリーニが監督を務めるスペイン・リーガ・エスパニョーラ・ビジャレアルCFと3年契約を結んだ[1]。移籍金は180万ユーロ(約2億5000万円)であり、2005-06シーズンは背番号99を着けた。3月4日のデポルティーボ・アラベス戦でリーグデビューし、62分にヘディングからフアン・ロマン・リケルメの得点を演出すると、82分には自らも得点した[2]。2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ準決勝のアーセナルFC戦セカンドレグでは惜しいヘディングシュートを放った[3] [4]。
2008年1月2日、コパ・デル・レイ4回戦のUDラス・パルマス戦セカンドレグでは後半ロスタイムに得点し、2-1での勝利に貢献した。2月3日のレアル・ムルシア戦でも後半ロスタイムに得点し、リーグ戦3位浮上に貢献。2月21日のUEFAカップ・ゼニト・サンクトペテルブルク戦セカンドレグでは75分に得点して勝ち抜けに望みをつないだが、アウェーゴールを奪われていたために敗退した。その後もアスレティック・ビルバオ戦で同点弾を決め、FCバルセロナ戦でPKを獲得し、レバンテUD戦での試合終了間際に決勝点を挙げるなど好調が続いていたが、メキシコ代表のガーナとの親善試合で左太股を負傷した。途中出場が多かったものの、2007-08シーズンは結果的に自己最多の8得点を記録した。
2008-09シーズンはUEFAチャンピオンズリーグ・オールボーBK戦で決めたボレーシュートが唯一の得点で、リーグ戦では無得点に終わった。2008年9月17日のマンチェスター・ユナイテッドFC戦ではアンヘル・ロペスからのクロスをヒールで流したが、ポストにはじかれてゴールはならなかった。UEFAチャンピオンズリーグ、グループリーグ最終節のセルティックFC戦ではガリー・コールドウェルの手を振り払ったことで一発退場処分を受けた。2009年5月、契約満了に伴ってビジャレアルを退団[5]。ビジャレアルCFには3シーズン半在籍したが、度重なる怪我に苦しめられた[6]。
[編集] ウェストハム・U
2009年夏の移籍期間中には所属クラブが決まらなかったが、9月11日、イングランドのプレミアリーグのウェストハム・ユナイテッドFCと1年契約を結び[7][8]、ウェストハム・Uに在籍する初めてのメキシコ人選手となった。9月25日には、クラブが破産の危機に陥っていることが明らかにされた[9]。10月17日のストーク・シティFC戦(1-2)でデビューし[10]、10月31日のサンダーランドAFC戦で移籍後初得点となる先制点を挙げたが、この試合は2-2の引き分けに終わった[11]。2010年4月24日のウィガン・アスレティックFC戦(3-2)ではスコット・パーカーの決勝点をアシストし、FLチャンピオンシップ(2部)降格から遠ざかる勝利に貢献[12]。彼自身はクラブ残留を希望したが、シーズン終了後の契約満了にともなってウェストハム・Uを離れた[13]。
[編集] CAベレス・サルスフィエルド
2010年夏からの半年間は所属クラブがなかったが、2011年1月にアルゼンチンのCAベレス・サルスフィエルドと1年契約を結んだ[14]。2011クラウスーラ開幕戦のインデペンディエンテ戦(2-2)の後半、サンティアゴ・シルバ(Santiago Silva)との交代で途中出場してデビューした。コパ・リベルタドーレスのカラカスFC戦に先発出場して国際舞台に復帰したが、この試合で肩を負傷して残りのシーズンを棒に振った[15]。加入してからの総出場時間が30分にも満たなかったため、フランコはクラブのために怪我から回復するまでの自身の契約解除か給料の返還を申し出たが[16]、クラブはフランコの申し出を拒否した。コパ・リベルタドーレスの準々決勝・クラブ・リベルタ戦で復帰し、4-2で勝利した試合でペナルティキックを決めた。クラウスーラ2011では5試合に出場(先発出場は1試合)し[17]、自身10年ぶりにリーグ優勝を果たした。
[編集] 代表
2002年にメキシコのCFモンテレーに移籍し、2004年にメキシコ国籍を取得した[18]。2005年10月8日、2006 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選のグアテマラ戦でメキシコ代表デビューし、その試合で初得点を挙げた。
2006年には2006 FIFAワールドカップのメキシコ代表メンバーに選ばれ、グループリーグ初戦のイラン戦(3-1)ではフリーキックを頭で流してオマール・ブラボの得点をアシストした。2戦目のアンゴラ戦(0-0)では惜しいシュートを何本もGKジョアン・リカルド(João Ricardo)に阻まれ、3戦目のポルトガル戦は試合終了間際のパワープレー要員として途中出場した。決勝トーナメント1回戦のアルゼンチン戦は延長戦にもつれたが、フランコは120分間出場機会がなく、チームは1-2で敗れた。
2009年には2009 CONCACAFゴールドカップに出場し、コスタリカ戦とアメリカ戦で得点した。2010 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選では6試合に出場し、最終予選のコスタリカ戦(3-0)とトリニダード・トバゴ戦(2-1)で得点した。トリニダード・トバゴ戦の得点は試合開始1分で決めたものだった。2010 FIFAワールドカップ本大会ではメキシコ代表の4試合すべてに出場した。2010年9月、代表引退を発表した。
[編集] 所属クラブ
- 1996-2002
CAサン・ロレンソ - 2002-2005
CFモンテレー - 2005-2009
ビジャレアルCF - 2009-2010
ウェストハム・ユナイテッドFC - 2011-
CAベレス・サルスフィエルド
[編集] タイトル
[編集] クラブ
CAサン・ロレンソ- アルゼンチン・プリメーラ・ディビシオン: クラウスーラ2001
- コパ・メルコスル: 2001
CFモンテレー- メキシコ・プリメーラ・ディビシオン: クラウスーラ2003
CAベレス・サルスフィエルド- アルゼンチン・プリメーラ・ディビシオン: クラウスーラ2011
[編集] 代表
- CONCACAFゴールドカップ 2009
[編集] 個人
- メキシコ・プリメーラ・ディビシオン 得点王: アペルトゥーラ2004
[編集] 個人成績
[編集] クラブでの出場記録
| クラブ成績 | リーグ | カップ | 国際大会 | 通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| シーズン | クラブ | リーグ | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 |
| アルゼンチン | リーグ | カップ | 南米 | 通算 | ||||||
| 1995–96 | CAサン・ロレンソ | プリメーラ (アルゼンチン) |
3 | 0 | - | - | - | - | 3 | 0 |
| 1996–97 | 6 | 0 | - | - | - | - | 6 | 0 | ||
| 1997–98 | 10 | 1 | - | - | - | - | 10 | 1 | ||
| 1998–99 | 6 | 0 | - | - | - | - | 6 | 0 | ||
| 1999–00 | 26 | 10 | - | - | - | - | 26 | 10 | ||
| 2000–01 | 19 | 7 | - | - | - | - | 19 | 7 | ||
| 2001–02 | 26 | 5 | - | - | - | - | 26 | 5 | ||
| メキシコ | リーグ | カップ | 北中米カリブ海 | 通算 | ||||||
| 2002–03 | CFモンテレー | プリメーラ (メキシコ) |
39 | 15 | - | - | - | - | 39 | 15 |
| 2003–04 | 30 | 12 | - | - | - | - | 30 | 12 | ||
| 2004–05 | 28 | 23 | - | - | - | - | 28 | 23 | ||
| 2005–06 | 22 | 13 | - | - | - | - | 22 | 13 | ||
| スペイン | リーグ | 国王杯 | ヨーロッパ | 通算 | ||||||
| 2005–06 | ビジャレアルCF | ラ・リーガ | 12 | 4 | 0 | 0 | 5 | 0 | 17 | 4 |
| 2006–07 | 27 | 2 | 5 | 0 | - | - | 32 | 2 | ||
| 2007–08 | 24 | 8 | 0 | 0 | 6 | 1 | 30 | 9 | ||
| 2008–09 | 18 | 0 | 1 | 1 | 6 | 1 | 25 | 2 | ||
| イングランド | リーグ | FAカップ | ヨーロッパ | 通算 | ||||||
| 2009–10 | ウェストハム・U | プレミア | 23 | 5 | 0 | 0 | - | - | 23 | 5 |
| アルゼンチン | リーグ | カップ | 南米 | 通算 | ||||||
| 2010–11 | V・サルスフィエルド | プリメーラ (アルゼンチン) |
6 | 0 | - | - | 3 | 1 | 9 | 1 |
| 2011–12 | 4 | 1 | - | - | 0 | 0 | 4 | 1 | ||
| 通算 | アルゼンチン | 106 | 24 | - | - | 3 | 1 | 109 | 25 | |
| メキシコ | 119 | 63 | - | - | - | - | 119 | 63 | ||
| スペイン | 81 | 14 | 6 | 1 | 17 | 2 | 104 | 17 | ||
| イングランド | 23 | 5 | 0 | 0 | - | - | 23 | 5 | ||
| 総通算 | 229 | 106 | 6 | 1 | 20 | 3 | 355 | 110 | ||
[編集] 代表での年別出場試合数
| 代表 | 年 | 出場 | 得点 |
|---|---|---|---|
| メキシコ | 2005 | 4 | 1 |
| 2006 | 6 | 1 | |
| 2007 | 0 | 0 | |
| 2008 | 2 | 0 | |
| 2009 | 8 | 4 | |
| 2010 | 5 | 1 | |
| 通算 | 25 | 7 | |
[編集] 代表での得点
| # | 日時 | 場所 | 相手 | スコア | 結果 | 大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2005年10月8日 | 1–1 | 5–2 | 2006 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選[22] | ||
| 2. | 2006年3月1日 | 1–0 | 1–0 | 親善試合[23] | ||
| 3. | 2009年6月10日 | 1–0 | 2–1 | 2010 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選[24] | ||
| 4. | 2009年7月23日 | 1–0 | 5–3 (PK) | 2009 CONCACAFゴールドカップ[25] | ||
| 5. | 2009年7月26日 | 0–5 | 0–5 | 2009 CONCACAFゴールドカップ[26] | ||
| 6. | 2009年9月5日 | 0–2 | 3–0 | 2010 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選[27] | ||
| 7. | 2010年5月24日 | 2–1 | 3–1 | 親善試合 |
[編集] 脚注
- ^ “ギジェルモ・フランコ、CFモントレーからビジャレアルに移籍”. AFP BB News (2006年1月19日). 2009年7月11日閲覧。
- ^ “ともに辛勝で第2戦へ”. UEFA.com (2006年3月4日). 2009年7月11日閲覧。
- ^ “アーセナルが堅守で決勝進出”. UEFA.com (2006年4月25日). 2009年7月11日閲覧。
- ^ “ビジャレアルを止めたレーマン”. UEFA.com (2009年4月26日). 2009年7月11日閲覧。
- ^ “Guille Franco: "Ya tenía claro que me iba a ir del club"”. MARCA.com (2009年5月26日). 2009年7月11日閲覧。
- ^ “G. Franco zu West Ham”. Transfermarkt.de. 2010年4月28日閲覧。
- ^ “Ex-Villarreal striker Guillermo Franco agrees West Ham move”. Tribal Football (2009年9月11日). 2009年9月11日閲覧。
- ^ Franco signs Whu FC.com、2010年1月1日
- ^ Zola admits Sol Campbell could be January target This is London.co.uk、2009年9月25日
- ^ Scrivener, Peter (2009年10月17日). “Stoke 2–1 West Ham”. BBC Sport 2010年4月28日閲覧。
- ^ Dawkes, Phil (2009年10月31日). “Sunderland 2–2 West Ham”. BBC Sport 2010年4月28日閲覧。
- ^ Bevan, Chris (2010年4月24日). “West Ham 3–2 Wigan”. BBC Sport 2010年5月26日閲覧。
- ^ “Mexico striker Guillermo Franco released by West Ham just 24 hours after Wembley goal”. London: デイリーメール 2010年5月26日閲覧。
- ^ “Ricardo Gareca ya tiene su primer refuerzo” (Spanish). Club Atlético Vélez Sársfield (2011年1月22日). 2011年1月24日閲覧。
- ^ “México: Guillermo Franco, cuatro meses fuera por lesión” (Spanish). Goal.com (2011年2月18日). 2011年5月5日閲覧。
- ^ “Franco: "Mientras me recupere, no cobraré ni un centavo"” (Spanish). La Nación. (2011年2月18日) 2011年5月5日閲覧。
- ^ “Closing '11 statistics”. Argentine Soccer. 2011年7月19日閲覧。
- ^ Tom Bryant (2009年9月17日). “Guillermo Franco signs for West Ham”. London: ガーディアン 2010年6月28日閲覧。
- ^ “Mediotiempo”. Mediotiempo (2009年1月26日). 2010年4月28日閲覧。
- ^ Guillermo Luis Farcuason Franco (1976年11月3日). “Soccernet”. Soccernet.espn.go.com. 2010年4月28日閲覧。
- ^ “national-football-teams”. national-football-teams (1976年11月3日). 2010年4月28日閲覧。
- ^ “Mexico vs Guatemala”. FIFA.com (2005年10月8日). 2010年4月28日閲覧。
- ^ “Mexico vs Ghana”. Soccernet.espn.go.com (2006年3月1日). 2010年4月28日閲覧。
- ^ “Mexico vs Trinidad and Tobago”. FIFA.com. 2010年4月28日閲覧。
- ^ “Costa Rica vs Mexico, Gold Cup”. Soccernet.espn.go.com (2009年7月23日). 2010年4月28日閲覧。
- ^ “USA vs Mexico”. Soccernet.espn.go.com (2009年7月26日). 2010年4月28日閲覧。
- ^ “Costa Rica vs Mexico”. FIFA.com. 2010年4月28日閲覧。
[編集] 外部リンク
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