アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン

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2000年のライブ

アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン(Einstürzende Neubauten)は、ドイツの実験的バンド。インダストリアル・ミュージックやノイズ・ミュージックの代表的存在である。1980年西ベルリンブリクサ・バーゲルト(Blixa Bargeld)を中心に結成。

インダストリアルエレクトロニカに分類されることも多いが、ノイバウテンの活動とサウンドはこういったカテゴリーと必ずしも一致しない。彼ら自身の感性で独自のスタイルを確立し、実験的音楽を作り続けているバンドと言える。
自作の楽器(スクラップの金属片や建設用機材から作られること多し)やノイズを通常の音楽機材と合わせて使うことが、このバンドのトレードマークの一つ。しかし、その自作楽器の始まりは、音楽性の追究の果てに得た物ではない。メタルパーカッション(鉄板を扱ったドラム)を使ったことが自作楽器演奏の始まりとされているが、「当時、アンドリュー(N.U.Unruh)が金が無くて勝手にドラムを売ってしまい、代わりに鉄板を扱った」という偶然から生まれた産物であるとブリクサは語っている。(ペヨトル工房の『銀星倶楽部14 オルタネイティブ・ミュージック』参照。)
結成当初のノイズミュージックから、近年のアルバム "Silence is Sexy" に見られるような静寂の音響まで、ノイバウテンは常に音に対する探求を続けている。


目次

メンバー [編集]

担当は基本的にライブ時のものである。アルバムのレコーディング時には各々パーカッションやコーラスなども担当する。

  • Blixa Bargeld: ボーカル、ギター、キーボード (1980-)
  • N.U.Unruh: パーカッション (1980-) (本名のAndrew Chudyのほか、Andrew Unruhと記される時もある)
  • Gudrun Gut: シンセサイザー (1980) (Beate Bartel とともに "Mania D" 結成後、マラリア!として活動)
  • Beate Bartel: ベース (1980) (リエゾン・ダンジェルーズ創設メンバー。Gudrun Gut とともに "Mania D"結成。)
  • Alexander Hacke: ギター (1981-1994)、ベース (1994-)、キーボード
  • FM Einheit: パーカッション (1981-1995)
  • Marc Chung: ベース (1981-1994)
  • Roland Wolf: キーボード、ベース(1995)(加入した直後、自動車事故により死去)
  • Jochen Arbeit: ギター (1997-)
  • Rudolf Moser: パーカッション (1997-)
  • Ash Wednesday: キーボード/電子楽器 (ライブのみ 1997-)

バンド名 [編集]

バンド名「アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン」は、「崩れ落ちる新しき建築物」という意味。英語では、"Collapsing new buildings"。 直接的にはブリクサ・バーゲルトの学生時代の友人の呟きから引用された。

「ノイバウテン」という単語には、高層の集合団地のようなニュアンスもある。また、第二次大戦後の大規模な復興開発や西ドイツの建設ラッシュによる戦後期の建築物件も連想させる。

活動歴 [編集]

1980年 (活動開始) [編集]

1980年4月1日、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンはベルリンの "Moon Club" にて初のライブを行った。この日をもって、バンドの活動開始とされている。この年、戦後期の「新建築」であるベルリンのコングレスホール(de:Kongreßhalle)で崩落事故があり、バンド名はこれに対する言及でもある。当時のノイバウテンは、"Die Geniale Dilletanten (天才的ディレタント[1])" というダダイスト集団のライブ・セッションにすぎなかった。出演は、ベアテ・バルテル/グートルン・グート/ブリクサ・バーゲルト/N.U.ウンルー。このメンバーが後にアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの名前でレコーディングを行うことになる。バルテルとグートの女性陣2名は短期間の参加したのみで、女性バンド "Mania D." を結成した。サウンド面をリードすることになるマルチ・インストゥルメンタリスト Alexander von Borsig (アレクサンダー・ハッケ、当時15歳)がノイバウテンに参加。長期にわたってメンバーとして活動していく。

結成当初から現在に至るまでノイバウテンの象徴となっている「一つ目人間[2]」は、メキシコのトルテカ文明の遺跡の洞窟に描かれた壁画のものであり、ブリクサが1980年に書物から引用した。ノイバウテンのファンの中にはこの「一つ目人間」を刺青として彫っている者もあり、アメリカロックミュージシャンヘンリー・ロリンズは左肩に大きくこの刺青を入れていることで有名である。(リンク先のヘンリーの写真を参照)

1981年-1982年 [編集]

1981年、パーカッション担当のF.M.アインハイト(ハンブルクの"Abwärts" 元メンバー)がノイバウテンに参加し、ファーストLP 『コラプス(崩壊)』"Kollaps" をリリース。荒っぽいパンク・チューンとインダストリアル・ノイズを混ぜ合わせた未知のサウンドを生み出す。金属板や自作楽器といった機材と、様々な電子音が使われていた。F.M.アインハイトが参加していた80年代のライブ・パフォーマンスは、金属板の打ち鳴らしや機材破壊の大音量で伝説と化している。
なお、当時の音楽性からノイバウテンはノイズ、インダストリアル・ミュージック(時折パンク)として分類されるが、今日に至るまでブリクサは「我々はプログレッシヴ・ロックをやっている」と主張している。

最初のドイツ・ツアーで、マーク・チュン("Abwärts" 元ベーシスト)が参加。このラインナップが10年間続いていくことになる。

1983年-1984年 [編集]

1983年、2ndアルバム『患者O.T.のスケッチ』"Zeichnungen des Patienten O. T." 発表。タイトルは、「O.T.」ことオズヴァルト・チルトナー(en:Oswald Tschirtner)のドローイングを紹介した、作家レオ・ナヴラティル(en:Leo Navratil)の本の題名から。同年、ブリクサ・バーゲルトニック・ケイヴとミック・ハーヴェイの"バースデー・パーティー" (The Birthday Party)に参加する。バースデー・パーティーはすぐに解散したが、ニック・ケイヴらは"ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズ"(en:Nick Cave and the Bad Seeds)を結成した。ブリクサ・バーゲルトは2003年まで、ノイバウテンとバッド・シーズの正規メンバーとして活動した。

1984年には未収録楽曲やミックス違いの曲を集めた "Strategies Against Architecture 80-83(対建築物戦略 80-83)"(Strategien gegen Architekturen 80-83)(1984) を発表した。
また、この年にはノイバウテンの版権を手がける音楽出版会社 "Freibank" が設立される。

1985年-1989年 [編集]

1985年、『半分人間』"Halber Mensch"[3] をリリース。曲の構成がより明確になり、断片的な言葉の叫びから詩的なメロディーまでもを行き来するバーゲルトの歌詞とヴォーカルが特徴的であった。

1985年には初来日を果たしている。この際、主催者は公演会場を探す為に全国紙で『廃墟求む』という広告を出し、ニュースで取り上げられるなど話題を呼んだ。諸事情により、結局公演は後楽園ホール大映京都撮影所で行われた。

1986年からはカナダバンクーバーを皮切りに3度目の北米ツアーを行う。バンクーバーでのライブは、ゲーテ・インスティテュート(ドイツ文化センター)後援のもと、万博(EXPO’86)の公式演目として行われた。テスト・デパートメント(Test Dept)やスキニー・パピーの出演も計画されていたが、一部の演奏は適わなかった。
一方、日本では石井聰亙監督による映画『半分人間 アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン』"Halber Mensch"(1986) が公開された。この1時間のドキュメント映画は1985年に来日した際に収録された廃工場でのライブ、舞踏家集団「白虎社」のパフォーマンスから構成されており、1985年の日本ツアーの様子が一部収められている。

続く2枚のアルバム、『上向地震波上五』"Fünf auf der nach oben offenen Richterskala"(1987) と 『嘘の館』"Haus der Lüge"(1989) はアメリカと日本で好セールスを収めた。特に『嘘の館』は、ロック色やメロディを強調した路線への転換期とも言える作品となった。
1989年には2度目の来日。浅草公園六区の浅草常盤座で行われた。[4]

1990年-1995年 [編集]

1991年、ハイナー・ミュラーの戯曲『ハムレットマシーン』(en:Die Hamletmaschine)のサウンドトラックを作成した。これまでパンク/インダストリアルスタイルで身を固めていたブリクサ・バーゲルトが、コンサートにスーツ姿で登場するなど、バンドのイメージにも変化が見られた。
同年には、ダブル・アルバムの大作 "Strategies Against Architecture II(対建築物戦略II)"(1991) を発表した。

1992年、ウィーン芸術アカデミー(Academy of Fine Arts Vienna)300周年記念祭の演目、エーリッヒ・ヴォンダー(de:Erich Wonder)の "Das Auge des Taifun"(台風の目)でパフォーマンスを披露。

1993年、『タブラ・ラサ』"Tabula Rasa"(1993)を発表。ノイバウテンの活動歴における重要なターニングポイントとなる。音楽はソフトになり、これまでより多くの電子音が採用されていった。この作品はアルバム1枚では完結せず、ミニアルバムである "Interim" と "Malediction 『呪文』" の3枚で1つの作品という扱いであった。これにはコンセプト上の理由だけでなく、収録曲である "Die Interimsliebenden (時の間の愛し子たち)" と "Blume 『花』" が関連している。
このアルバムから所属することとなったミュート・レコード(Mute Record) からの要請により、アルバム収録曲においては従来のドイツ語曲だけでなく英語の曲も作るよう要請されたことを受け、"Die Interimsliebenden" については英語版である "The Interimlovers" を作ったが、 "Blume" に関してはドイツ語版、英語版、フランス語版、日本語版の4バージョンを作り、それぞれの国で内容が違うアルバムを流通させた。これによる差異を補完するために、2つのミニアルバムに別バージョンとして作られた楽曲を収録することで、アルバムを完成させた。

1993年には3度目の来日を果たす。その際、来日記念として "Strategies Against Architecture 80-83" "Strategies Against Architecture II" 『半分人間 アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン』のビデオとKlaus Maeckの著書 "Hoer mit Schmerzen, Listen with pain"(1989) をベースにメンバーや石井聰亙のインタビューを収録した本をセットにした『対建築物戦略』が発売された。

マーク・チュンは "Freibank" の設立以降バンド活動と平行して音楽出版の仕事に関わっていたが、アーティスト活動よりも音楽出版に対する意欲の方が増したことからキャリアの変更を選択。『ファウストムジーク』"Faustmusik" のレコーディング後に脱退、"Freibank" のマネージャーとなった。マーク・チュンは1996年にソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)の海外法人 "Sony Music International" の上級副社長として移籍した後、2005年から再び "Freibank" に復帰している。

その後、バンドのサウンド面で大きな役割を果たしていたF.M.アインハイトが、『エンデ・ノイ』のレコーディング中に脱退。ブリクサ・バーゲルトとの衝突もあったといわれる(F.M.アインハイトは後日、ビデオ『リスン・ウィズ・ペイン』"Listen With Pain" の中のインタビューで、当時ブリクサとの間に方向性の違いが生じていたことを述べている。)。F.M.アインハイトのノイバウテンでの最後のレコーディング曲は、"Was ist ist 『在るものは在り』" (アルバム "Strategies Against Architecture III" ブックレットより)。 脱退後も、多くのアーティスト ("Andreas Ammer", KMFDM, "Gry", パン・ソニックなど) とコラボレーション活動を行っている。

なお、1995年にローランド・ヴォルフ(Roland Wolf)(元ニック・ケイヴ&ザ・バッドシーズ)が加入したが、同年に交通事故で逝去。"Die explosion im festsphielhaus 『祝祭宮で爆発』"と"Der schacht von babel 『バベルの竪穴』"のレコーディングメンバーとして名前を遺し、彼の死は『エンデ・ノイ』のブックレットの解説にて触れられている。

1996年-1999年 [編集]

1996年、アルバム『エンデ・ノイ』"Ende Neu" 発表。ブリクサ・バーゲルトと、アレクサンダー・ハッケの当時の妻 メレート・ベッカー(Meret Becker)のデュエット曲 "Stella Maris 『ステラ・マリス』" がヒットした。アルバムリリース後には、ワールドツアーを実施。この間、ヨッヘン・アルベイト(Jochen Arbeit) と ルディ(ルドルフ)・モーザー(Rudi/Rudolf Moser) (双方とも元 “Die Haut” メンバー)がノイバウテンに参加した。

1997年、『エンデ・ノイ・リミクシーズ』"Ende Neu Remixes"(1997) 発売。Barry Adamsonやパン・ソニックによるリミックス収録。ただしこのアルバムはミュート・レコードの意向によって作られたものであり、ブリクサ・バーゲルトは好感を持っていなかった。ジョン・スペンサーなどの作品に対しては好意的な評価をしたものの、アレック・エンパイアのものに対しては容赦ない酷評をした。

2000年-2001年 [編集]

2000年3月27日から5月23日にかけて、ノイバウテンは20周年記念ツアーを行った。20周年記念日当日の4月1日には、ウィーンの "Gasometer" でライブ。ワールドツアーに続いて、アルバム "Silence is sexy"(2000) をリリースした。タイトル曲 "Silence is sexy" は耳鳴りについての曲である。

2001年には、再びダブル・アルバムという容量となった "Strategies Against Architecture III" を発表。Comedy of Errors(過ちの喜劇)という副題がつけられた。

2001年からは、ノイバウテンのオフィシャル・サイトのウェブマスターでもあるエリン・ズゥ(Erin Zhu、のちのブリクサ・バーゲルトの妻) がプロデューサーとしてアルバムとウェブ関連のプロジェクトに参加。

2002年-2004年 [編集]

2002年、ノイバウテンは、新装された公式サイト "neubauten.org" において、インターネットコミュニティーとパトロン制を組み合わせて「サポーター・プロジェクト」と呼ばれるen:Street Performer Protocolを実践することで、レコードレーベルの力に頼らずに、サポーターの支援によるアルバム制作を開始した。約2000人のサポーターが35ドル(またはユーロ)を支払って、 Phase I と呼ばれるアルバム制作工程をサポート。次回作のレコーディングやセッションの様子はインターネットを通じてサポーターにストリーミング配信された。2003年秋、サポーター限定のアルバム "Supporter Album #1" が完成している。なおこの "Supporter Album #1" の包装は段ボールにCDを直接入れたものであったため、CDが傷ついてしまったケースが相次いだことから後日再プレス、発送というハプニングが起きた。

2003年、ブリクサ・バーゲルトはノイバウテンと自身の活動に専念する為 "ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズ" を脱退。

2004年、サポーター限定アルバムの制作という理念に反して、ミュート・レコードで "Supporter Album #1" から数曲を差し替えたアルバム "Perpetuum Mobile" を発表。ツアーも行った。このアルバムでは、プラスチック・パイプと空気圧縮機を使って空気音を深く追求した。続いて行われた "Perpetuum Mobile" ツアーでは、サウンドエンジニアがツアーの様子を録音し、CDRに焼いた音源をコンサート会場で販売するという試みがなされた。このため、本ツアーの「オフィシャルの」ライブアルバムが数多く存在している。なお、このライブアルバムには音切れとエラーが非常に多い。

2004年4月1日、アメリカのドラマ『CSI:科学捜査班』のエピソードで アルバム "Perpetuum Mobile" 収録の "Ein Seltener Vogel" が使用される。

2004年にはミュート・レコードから初期シングル集である "Kalte Sterne -early recordings-"(2004) を発表。
11月、ミニツアー実施。ベルリンの共和国宮殿(de:Palast der Republik)でサポーター限定ライブを行う。この様子は、サポーター向けプロジェクトPhase II の締めくくりとして、アルバム "Grundstück" と共にサポーター限定のDVDとしてリリースされた。

2005年- [編集]

2005年初頭、サポーター向けとは別の新プロジェクト "Musterhaus" を開始。 neubauten.org にて定期購入者を集った。 "Musterhaus" プロジェクトは「より実験的かつ冒険的な、従来の活動では取り上げられなかった試みをバンドにもたらす」意図があり、ノイズミュージック的な大音量の作品から、長年にわたってバンドで用いられてきた卓上のスプリング楽器「バス・スプリング」をメンバーが思い思いに使うもの、オーケストラとの競演やテープコラージュなど多岐に渡った。プロジェクト最初のアルバム "Anarchitektur" は2005年5月に発表され、以後およそ3ヶ月おきにアルバムを発表。2007年3月、8枚目のアルバム "Weingeister" の発表をもって終了した。これらのアルバムは基本的には定期購入でしか手に入らなかったが、のちに neubauten,org の通信販売で販売されるようになった。

2006年2月10日、サポーター向けプロジェクトPhase III が始動。 neubauten.org の中に設けられたサポーター専用のページからMP3形式ないしWAVE形式の音楽ファイルをダウンロードするという方法をとった。このアルバム "Jewels" は15曲で構成されており、2006年3月15日発表の "Ich komme davon" を皮切りに、2007年8月15日の"I Kissed Glen Gould"まで、ほぼ毎月15日(ないし16日)に1曲ずつ追加されていった。 "Jewels" のコンセプトはブリクサ・バーゲルトの見た夢を題材にしたものであり、「メンバーがランダムに引いた3枚以上のカードに書かれたキーワードをもとに」楽器や音源を構築するという試みも行われ、[5]実験的要素はもとより、これまでのノイバウテンの作品とは一線を画したミニマル・ミュージック的要素を強く持った作品となった。 "Jewels" はのちにCDとして発売されている。
なお、サポーター向けプロジェクトは2007年10月7日のサポーター・フォーラムの凍結と公開フォーラムへの移行をもって終了となり、サポーター向けコンテンツについても随時閉鎖となった。

2007年2月には neubauten.org にて小規模かつ「広域な」イギリスツアーを4月に実施することを発表。ハノーファーを皮切りにロックフェスティバルへの参加を含め4公演が行われた。

そして "Perpetuum Mobile" 以来4年ぶりの公式アルバム 『アレス・ヴィーダー・オッフェン』"Alles wieder offen" を10月に発表した。 『アレス・ヴィーダー・オッフェン』 はツアー活動を通して制作された楽曲を主に収録する為、サポーターに対して作られた "Jewels" とは関連性のない作品である。また、発表は従来どおり個人レーベルである "Potomak" から行ったが、世界的な流通は(ミュート・レコードとの契約が終了したため)従来の流通経路を通さず小規模なレーベルからの発売となった。[6]さらに後日、サポーター向けプロジェクトPhase III で配布されるアルバムが、この 『アレス・ヴィーダー・オッフェン』 に数曲の追加トラックを織り交ぜたものだということが判明した。『アレス・ヴィーダー・オッフェン』からはビデオクリップ 『ナゴルノ・カラバフ』"Nagorny Karabach" が製作されている。
サポーター向けプロジェクトPhase IIIに関連して、前述の『アレス・ヴィーダー・オッフェン』サポーター限定バージョンの他に、希望者に対しては "Jewels" の製作風景を収めたDVDが配布されている。
日本では『アレス・ヴィーダー・オッフェン』と、80年代の5作品がCD化され発売された。

2007年11月にはブリクサがプロモーションの為来日。インタビューの中でブリクサは、ノイバウテンは『アレス・ヴィーダー・オッフェン』に続く新作を既に手がけており、完成に近づいていることを明かしたが、2010年7月現在、完成に至っていない。

現在は2008年3月から断続的にツアーを行っており、活動30周年となる2010年も欧州を中心にツアーを行っている。
2010年10月には "Strategies Against Architecture IV" が発売された。2002年から2010年までの活動を総括したこの作品も、2枚組という容量になった。なお、ミュート・レコード時代の音源( "Perpetuum Mobile" )が含まれているため、発売はミュート・レコードからとなっている。


ディスコグラフィー [編集]

アルバム [編集]

  • 『コラプス(崩壊)』Kollaps (1981)
  • 『患者O.T.のスケッチ』Zeichnungen des Patienten O. T. (1983)
  • 『半分人間』Halber Mensch (1985)
  • 『上向地震波上五』Fünf Auf der Nach Oben Offenen Richterskala (1987)
  • 『嘘の館』Haus der Lüge (1989)
  • 『タブラ・ラサ』Tabula Rasa (1993)
  • 『エンデ・ノイ』Ende Neu (1996)
  • Silence Is Sexy (2000)
  • Perpetuum Mobile (2004)
  • 『アレス・ヴィーダー・オッフェン』Alles wieder offen (2007)

その他のアルバム [編集]

コンピレーション、ライブアルバム、サウンドトラックなど。

  • Stahlmusik (1980)
  • Stahldubversions (1982)
  • 1981/1982 Livematerial alias Liveaufnahmen 07/81 bis 02/82 (1982)
  • Strategies Against Architecture 80-83 (Strategien gegen Architekturen 80-83) (1984)
  • 2X4 (1984) (ライブアルバム)
  • Die Hamletmaschine (1991) (ラジオ演劇用サウンドトラック)
  • Strategies Against Architecture II (1991) (ダブルアルバム)
  • 『ファウストムジーク』Faustmusik (1996) (ラジオ演劇用サウンドトラック)
  • 『エンデ・ノイ・リミクシーズ』Ende Neu Remixes (1997)
  • Berlin Babylon (2001) (統一以降のベルリンの都市計画を追った同名ドキュメント映画のサントラ)
  • Strategies Against Architecture III (2001) (ダブルアルバム)
  • 09-15-2000, Brussels (2001) (ダブル・ライブアルバム)
  • Gemini (2003) (ダブル・ライブアルバム、ダウンロード販売限定)
  • Supporter Album #1 (2003) (第一期サポーター限定配布)
  • Numerous live albums from the Perpetuum Mobile Tour (February-May 2004) (会場ごとのライブアルバム)
  • Kalte Sterne -early recordings- (2004) (初期シングル集)
  • Grundstück (2005) (第二期サポーター限定配布)
  • musterhaus:Anarchitektur (2005) (定期購入およびツアー会場で販売、のちに通信販売)
  • musterhaus:Unglaublicher Lärm (2005) (定期購入およびツアー会場で販売、のちに通信販売)
  • Numerous live albums from the 25th Anniversary Tour (March-April 2005) (会場ごとのライブアルバム)
  • musterhaus:Solo Bassfeder (2005) (定期購入限定、のちに通信販売)
  • musterhaus:Redux Orchestra vs. Einstürzende Neubauten (2006) (定期購入限定、のちに通信販売)
  • musterhaus:Kassetten (2006) (定期購入限定、のちに通信販売)
  • Alles Was Irgendwie Nützt (2006) (neubauten.org で販売)
  • musterhaus:Klaviermusik(2006) (定期購入限定、のちに通信販売)
  • Jewels (2006-2007) (第三期サポーター限定ダウンロード配布、のちに一般販売)
  • musterhaus:Stimmen Reste (2006) (定期購入限定、のちに通信販売)
  • musterhaus:Weingeister (2007) (定期購入限定、のちに通信販売)
  • Alles wieder offen (SUPPORTER EDITION) (2007) (第三期サポーター限定配布)
  • Strategies Against Architecture IV (2010) (ダブルアルバム)

関連項目 [編集]

  • デペッシュ・モード - サンプリングにアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの音源を使った、代表的なミュージシャン。
    • ブリクサ・バーゲルトは彼らの名前を挙げ指摘しているが、サンプリングをオリジナルのリズムに合わせて使うというやり方に感心すらした。
  • 石井聰亙
  • ヘンリー・ロリンズ - 全身にしているタトゥーのなかに「一つ目人間」マークのものがある。
  • プッシー・ガロア - アルバム "en:Sugar Shit Shape" のジャケットに「一つ目人間」をコラージュしたものを使い、カヴァーも行っている。
  • 電気GROOVE - 「ビーチだよ!電気GROOVE」にアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの名前が登場する他、アルバム「J-POP」に「半分人間だもの」というタイトルの楽曲がある。曲中には「お久しブリクサ 贅肉バーゲルト」というブリクサへの言及もある。
  • 電気グルーヴのメンバー ピエール瀧がアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのロゴがプリントされたTシャツを稀に着用している。頃年では 中川翔子のオフィシャルブログ(2011年12月29日付記事)に ビビる大木と3人で写った写真が掲載され ピエール瀧の着用姿が見られる。
  • BASTARD!! -暗黒の破壊神- - 登場人物にノイバウテンの姓をもつ者がいる。同作品はロックバンドやミュージシャンから多く名前を引用している。

脚注 [編集]

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  1. ^ 英単語のdilettantのミススペルに由来する造語。元々の意味はイタリア語のdilettante。好事家。学者や専門家よりも気楽に素人として興味を持つ者。
  2. ^ 日本では目玉おやじとも呼ばれる
  3. ^ ナチス・ドイツによるホロコースト下でのスラブ人蔑称でもある
  4. ^ 既に解体が決まっていた「崩壊する(運命にある)建築物」での公演。なお、観客のスタンディングを想定して座席が取り外された。
  5. ^ この様子は Phase III サポーターの中で希望した者に対し配布されたDVD内で見ることができる。
  6. ^ ただしアルバム自体はiTunes Storeでも手に入れることができる。

外部リンク [編集]