逢沢英雄

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逢沢 英雄(あいざわ ひでお、1926年大正15年)1月28日 - 2016年平成28年)3月22日)は、日本政治家、元衆議院議員自由民主党)。

来歴・人物[編集]

衆議院議員逢沢寛の次男として岡山県御津郡御津町(現・岡山市北区御津)に生まれる。1950年早稲田大学商学部を卒業。岡山青年会議所理事長、岡山商工会議所副会頭を経て、1976年第34回衆議院議員総選挙に父の後継者として岡山1区(当時)から立候補し、当選(当選同期に愛知和男鳩山邦夫中村喜四郎中島衛西田司池田行彦堀内光雄相澤英之津島雄二鹿野道彦塚原俊平中西啓介与謝野馨中川秀直甘利正など)。以後当選通算3回。1981年鈴木改造内閣では労働政務次官を務めたが、1983年第37回衆議院議員総選挙で落選し、政界から引退した。

2016年3月22日、間質性肺炎のため死去[1]。90歳没。

長男は自由民主党衆議院議員逢沢一郎

脚注[編集]