苅田アサノ

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苅田アサノ(かんだ あさの、本名堀江アサノ(ほりえアサノ)、1905年6月21日 - 1973年8月5日)は日本政治家婦人運動家、著述家。元衆議院議員日本共産党公認、1期)。夫は元日ソ協会会長堀江邑一

来歴[編集]

岡山県津山町(現・津山市)生まれ。生家は代々地主の家系で、学生時代からロシア文学及び社会主義思想に傾倒し、日本女子大学国文科を卒業後の1931年、日本共産党に入る。

入党以降財政面で支援を行うものの、1933年治安維持法の疑いで検挙転向の後1935年に出獄すると東洋経済新報社などを経て、1938年には郷里の岡山県に戻り西日本製紙に勤務する。

戦後は日本共産党に再入党し、1949年衆院選旧岡山1区から出馬し初当選を果たす。しかし再選を期した1952年衆院選に落選し、以降2度衆院選に挑戦するも返り咲きはならなかった。

戦前から晩年まで一貫して婦人解放運動に身を投じ、新日本婦人の会日本婦人団体連合会国際民主婦人連盟など婦人団体にも参加。1973年8月5日、脳腫瘍のため東京都渋谷区代々木病院にて死去。68歳。

政歴[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]