神経因性膀胱

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神経因性膀胱(しんけいいんせいぼうこう)(neurogenic bladder dysfunction NB)とは、下部尿路を支配する神経の障害によって、膀胱尿道機能に異常が生じた状態。神経障害の部位により、上位ニューロン障害(過活動膀胱)・下位ニューロン障害(低活動膀胱)・その合併に分けられる。前立腺肥大症・腹圧性尿失禁等との鑑別を要する。検査は、ウロダイナミクス(尿流動態検査)を行う。原因治療と並行して、尿閉に対する間欠導尿、過活動膀胱に対する薬物治療などの対症療法を十分に行う。

病態機序[編集]

神経因性膀胱の機序は複雑で、症状により異なるといえる。

尿閉・多量の残尿は、膀胱-副交感神経acetylcholine muscarine M3受容体の機能低下による。 仙髄(中間外側核)~骨盤神経(節前・節後, 末梢神経)の病変による膀胱低活動が多い(detrusor underactivity DU)。脊髄損傷(頚胸髄)の急性期(spinal shock)、稀に脳卒中の急性期にも(brain shock)、末梢神経障害と似た四肢・膀胱の反射消失がみられることが少なくない。脊髄病変(頚胸髄)・仙髄病変・末梢神経病変では、尿意も同時に障害されることが多い。 一方、二分脊椎での蓄尿期の低コンプライアンス膀胱 (low compliance bladder LC) (仙髄中間外側核から骨盤神経[節前, 末梢神経]の病変)は、排尿期の膀胱低活動を呈することも多い(LCIC)。その場合、括約筋の神経原性変化をしばしば伴う(無症状のことが多いが、時に腹圧性尿失禁3型[intrinsic sphincter deficiency ISD]を呈する)。 さらに、脊髄損傷(頚・胸髄)や脊髄炎(共に慢性期)での蓄尿期の膀胱過活動は、排尿期の膀胱低活動を伴うことが多い(detrusor overactivity with impaired contraction DHIC)。その場合、排尿期の排尿筋外括約筋協調不全(detrusor-sphincter dyssynergia DSD)を伴うことも少なくない。

切迫性尿失禁・過活動膀胱は、脳病変による膀胱過活動が多い(detrusor overactivity DO)。膀胱抑制的に働くマイネルト基底核-前頭葉・帯状回・島回acetylcholine M3,N受容体の機能低下・膀胱抑制的に働く前頭前野-黒質線条体dopamine D1受容体の機能低下・膀胱抑制的に働く縫線核-前頭葉・帯状回・島回serotonin 5HT2A,7受容体の機能低下などが関与するとされる。 上述の如く、脊髄損傷(頚・胸髄)や脊髄炎(共に慢性期)でも、DHICの形で/または単独で、DOがみられる。その場合の出現機序は、脳病変と異なり、胎生期にみられるC線維を求心路とする仙髄反射が再出現することが知られている。 [1]

診断と鑑別診断[編集]

尿閉・多量の残尿、切迫性尿失禁・過活動膀胱などの排尿症状の診療に際して、まず、 検尿(尿路感染症・血尿のチェック)、排尿症状の問診(問診票など)、超音波残尿測定を行うと良い。次に、 中高年男性の前立腺肥大症、女性の骨盤臓器脱・腹圧性尿失禁、女性の間質性膀胱炎神経因性膀胱を鑑別する(神経因性膀胱は、前立腺肥大症と合併してみられることも多い)。

診断は、ウロダイナミクス(尿流動態検査、可能であれば括約筋筋電図を併用)を行って、蓄尿障害・排尿障害の程度を調べ、障害部位を推定する。

次に、神経因性膀胱以外の自律神経、意識/認知/心理、運動系(錐体路/錐体外路/小脳)、感覚系の身体症状の有無と程度を調べるために、神経学的診察・起立検査などを行う。

次に、末梢神経疾患の場合は自己抗体・神経伝導検査や神経皮膚生検 Nerve biopsy small fiber neuropathy、脊髄疾患・脳疾患(多系統萎縮症など)の場合はMRI、MRIでとらえることが困難なパーキンソン病/レヴィー小体型認知症の場合は心筋MIBGシンチグラフィー・DATscanを行って診断を確定する。

治療[編集]

神経因性膀胱の治療とケアは、 ★尿閉と多量の残尿: 尿閉多量の残尿に対して自己間欠導尿(clean, intermittent catheterization CIC)を指導する。夜間多尿が同時にある場合、間欠式バルンカテーテル(ナイトバルーン)を併用すると良い。 ★尿失禁と過活動膀胱: 尿失禁と過活動膀胱に対して必要時、選択的β3受容体刺激薬・中枢移行の少ない抗コリン(ムスカリン)薬を使用する。 選択的β3受容体刺激薬として、ベオーバ®(ビベグロン)、ベタニス®(ミラベグロン)が用いられる。抗コリン薬として、ベシケア®(ソリフェナシン)、トビエース®(フェソテロジン)、ウリトス®/ステーブラ®(イミダフェナシン)、バップフォー®(プロピベリン)などが用いられる。但し、同じように頻尿などの症状を示す前立腺肥大症には禁忌であるので、診断は専門医が行う。 糖尿病などの代謝性疾患、脊髄炎・ギラン・バレー症候群などの自己免疫性・炎症性疾患等で原因治療が可能なものは、それを並行して行う。

関連項目[編集]

原疾患として、脳神経内科・脳神経外科・整形外科・代謝科の疾患でなく精神科の疾患(不安症 anxiety, mental stress, neuroticism)が(心因性)身体症状を来すことがあり、(膀胱の)身体症状症 bladder somatic symptom disorder SSD: 心因性尿意切迫psychogenic urgency / 心因性排尿困難 bashful bladder)。膀胱の身体症状症は、単独でみられる場合と、不眠などの全身の身体症状症の一部としてみられる場合があり、いずれも神経因性膀胱と比べ軽度といえる。 [2] [3] [4]

参考文献[編集]

  • 日本排尿機能学会について - 日本排尿機能学会
  • パーキンソン病における下部尿路機能障害診療ガイドライン 日本排尿機能学会(編集) ISBN 978-4-498-06428-7
  • 脊髄損傷における排尿障害の診療ガイドライン 日本脊髄障害医学会・日本排尿機能学会(編集) ISBN 978-4-903849-15-7 
  • 二分脊椎に伴う下部尿路機能障害の診療ガイドライン 日本排尿機能学会(編集) ISBN 9784903849393  
  • 過活動膀胱診療ガイドライン(第2版) 日本排尿機能学会(編集) ISBN 9784903849300
  • 神経因性膀胱外来(泌尿器科外来シリーズ) 吉田修(監修)、並木幹夫(編集) ISBN 978-4895536943
  • 神経因性膀胱ベッドサイドマニュアル 榊原隆次(編著) ISBN 978-4498064201

脚注[編集]

  1. ^ Miyazato M, Kadekawa K, Kitta T, Wada N, Shimizu N, de Groat WC, Birder LA, Kanai AJ, Saito S, Yoshimura N. (2017). “New Frontiers of Basic Science Research in Neurogenic Lower Urinary Tract Dysfunction.”. Urol Clin North Am: Aug;44(3):491-505. . doi:10.1016/j.ucl.2017.04.014. PMID 28716328
  2. ^ Chess-Williams R, McDermott C, Sellers DJ, West EG, Mills KA. (2021). “Chronic psychological stress and lower urinary tract symptoms.”. Low Urin Tract Symptoms: Oct;13(4):414-424..  doi:10.1111/luts.12395. Epub 2021 Jun 16. PMID 34132480
  3. ^ Sakakibara R, Katsuragawa S. (2022). “Voiding and storage symptoms in depression/anxiety.”. Auton Neurosci: Jan;237:102927. . doi:10.1016/j.autneu.2021.102927. Epub 2021 Dec 15.PMID 34923228
  4. ^ Westwell-Roper C, Best JR, Naqqash Z, Afshar K, MacNeily AE, Stewart SE. (2022). “Bowel and Bladder Dysfunction Is Associated with Psychiatric Comorbidities and Functional Impairment in Pediatric Obsessive-Compulsive Disorder.”. J Child Adolesc Psychopharmacol: Aug;32(6):358-365. . doi:10.1089/cap.2021.0059. Epub 2022 Apr 11. PMID 35404114