久保佑允

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久保 佑允
久保 佑允の画像
プロフィール
リングネーム 久保 佑允
白波 佑助
ゴローJr.
本名 久保 佑允
ニックネーム 薩摩っ子純情
身長 172cm
体重 80kg
誕生日 (1987-02-15) 1987年2月15日(30歳)
出身地 鹿児島県伊佐市
所属 プロレスリングBASARA
トレーナー ディック東郷
筑前りょう太
デビュー 2005年10月22日
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久保 佑允(くぼ ゆうすけ、1987年2月15日[1] - )は、日本プロレスラー。旧リングネーム白波 佑助(しらなみ ゆうすけ)。鹿児島県伊佐市出身[1]SUPER CREW、レスリングドリーマーズ、九州プロレスユニオンプロレスTECを経て現在はプロレスリングBASARA所属。血液型はA型。

経歴[編集]

2005年10月22日、SUPER CREW新木場1stRING大会における対中里哲弥戦にて本名の久保佑允でデビュー[1]

その後、SUPER CREWの解散に伴い、レスリングドリーマーズへ移籍も、試合数の減少、家庭の事情により九州へ帰郷。

2008年4月20日に行われた九州プロレス・プロレス公開オーディションでは、プロレスにかける想いを四季に例え、審査員や多くの観客の胸を打った。

2008年7月6日に行われた九州プロレス旗揚げ戦で、筑前りょう太を相手に白波佑助の名前で再デビューを果たし、2008年12月に行われた1Dayタッグトーナメントでは師匠の筑前りょう太とタッグを組み優勝を果たした。

2009年5月、KAIENTAI DOJOで行われたK-METAL LEAGUE’09に参戦(結果は1勝3敗で5位)。

2009年12月に行われた1Dayタッグトーナメントでめんたい☆キッドとタッグを組み昨年に続いての優勝を果たした。

2011年1月に武者修行のため単身メキシコへ渡り、現地インディーマットを転戦し、2012年3月に帰国[1]

2012年3月末日を持って九州プロレスを退団してフリーとなる。2012年4月のユニオンプロレス新木場大会にて、「鶴見五郎のヨーロッパで作った息子」というギミックの覆面レスラー「ゴローJr.」として登場。以降準レギュラーとなる。

2012年9月、アジアンプロレス宮崎大会で以前から痛めていた右ひざの側副じん帯を断裂[1]。2013年2月23日、みちのくプロレス新木場大会に出場するなどしていたが、日常生活にも支障が出たため膝の手術を受ける。

福岡にいたころ、プロレスだけでは食べていけないことから制作会社で映像の仕事を1年していたこともあり、2012年8月18日の日本武道館大会からDDTプロレスリング後楽園ホール大会などを手伝ってきていたが、2014年6月下旬からDDTのプロレス映像班として正式に働くこととなった[1]。怪我から復帰後もゴローJr.としてユニオンのレギュラー参戦。

2015年2月15日のDDTさいたまスーパーアリーナ大会において、第1012代アイアンマンヘビーメタル級王座保持者であるアジャ・コングを入場中に襲撃。「DDT映像班 久保佑允」として第1013代王者となり、アジャ・コングの入場曲がそのまま流れる中カメラ片手に登場した。勝俣瞬馬に丸め込まれ王座陥落したが、ヤス・ウラノコルバタやアストロシザースで投げるなど、久々にリング上での姿を見せた[2]

2月22日、ユニオンプロレス王子大会にてトーナメントで2回戦で敗れたゴローJr.が覆面を脱ぎ久保佑允であることを明かすとともにユニオン入団が決まった[3]。また、ユニオン入団後もDDTの映像班としても働く。

3月1日、ユニオン大阪大会にて中津良太を相手にユニオン正式入団後初の試合。SSAで見せた派手な技は使わずにスカしやグラウンドテクニックで場を支配して最後はメキシカンロールでフォール勝ち。

10月のユニオン解散後はDDT映像班としての仕事を優先するためTEC所属として活動。11月18日に開催された佐々木大輔佐藤悠己との合同によるデビュー10周年記念大会でのセミファイナル終了後、木高イサミの誘いによりプロレスリングBASARA入団が決定。11月末をもってDDT映像班を離れレスラー活動に専念。

12月8日、新木場1stRINGでの「ヤス・ウラノ デビュー15周年記念大会〜ヤス大サーカス2015〜」にてSUPER CREWの同期である佐々木大輔の保持するMAX LUCHA LIBRE認定無差別級王座に挑戦するも敗北。

得意技[編集]

是空
蛇切縄
スリーパーホールドと同型。
不二才

入場曲[編集]

  • 集え!熱血WARRIORS!(「押忍!サラリーマン番長」サウンドトラックより)
  • Cumbia(Instituto Mexicano Del Sonido)
イントロに師匠のディック東郷の入場曲「INSANE IN THE BRAIN」のイントロが付随。

タイトル歴[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f 「プロレス界で働く人々第138回 久保佑允」、『週刊プロレス』No.1755、平成26年9月10日号(8月27日発行)、48-49頁、2014年。
  2. ^ 【さいたまSAリポート】飯伏がHARASHIMAとの激闘を制して2年半ぶりのKO-D無差別級王者に。次期挑戦者にヨシヒコを指名/KO-Dタッグは新世代タッグが陥落…新王者の関本&岡林は3・29後楽園でディーノ&ササダンゴを相手に初防衛戦!/煽りパワポにスローモーションも…桜庭vsササダンゴ/マイケル、ディーノに敗れる! 松崎しげるさんの『愛のメモリー』熱唱の中、佳耶子さんの結論は…!?/スーパーTLCマッチの豪華景品は新たな路上プロレスへの参戦権…クレイジー大社長が4・15伊豆ぐらんぱる公園に参戦/酒呑童子がKO-D6人タッグ王座に返り咲き、勝利の美酒に酔う/X=旭がEXTREME級王者に/DDT映像班にアイアンマンを奪われたアジャが試合中の奪還に成功/もう一つのKO-D、キング・オブ・ダークの初代王者は伊橋/2016年は春夏2回! 3・21&8・28両国国技館が決定”. DDTプロレスリング (2015年2月15日). 2015年2月20日閲覧。
  3. ^ 【王子昼リポート】Get the glory!トーナメント開幕、熱闘続出!!/2回戦でFUMAに敗れたゴローの正体はDDT映像班・久保、ユニオン入団へ/宮本和志&テイオーの黒幕は…SAGAT!! 「SAGAT王を中心とした王国をつくるべく俺たちがもっともっと面白くしてやる」(宮本)”. DDTプロレスリング (2015年2月22日). 2015年2月22日閲覧。

外部リンク[編集]