片桐ひろみ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
片桐 ひろみ Football pictogram.svg
名前
愛称 カタ
カタカナ カタギリ ヒロミ
ラテン文字 KATAGIRI Hiromi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1973-07-11) 1973年7月11日(45歳)
出身地 神奈川県
身長 166cm
選手情報
ポジション DF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1991-94
1995-97
1998-01.6
2001.7-12
2002.1-6
2002.7-03
2004-07
日本の旗フジタ天台SCマーキュリー
日本の旗フジタSCマーキュリー
ドイツの旗FCRデュイスブルク
ドイツの旗FFCフーラスハイム
ドイツの旗バイエルンミュンヘン
日本の旗さいたまレイナス
日本の旗アルビレックス新潟L
69 (1)
36 (0)
n (n)
n (n)
n (n)
31 (2)
62 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

片桐 ひろみ(かたぎり ひろみ、1973年7月11日 - )は神奈川県出身の元女子サッカー選手、指導者。現役時代のポジションはディフェンダー

来歴[編集]

小学校4年生のころサッカーを始める。神奈川県立座間高等学校3年生であった1991年、チームが日本女子サッカーリーグ(JLSL/現・なでしこリーグ)に参入したため全国リーグデビュー。キャプテンとしてチームをまとめた。高校卒業後はアルバイトをしながら、のちにはチームスポンサーのフジタへ就職しながらプレーを続け、1996年には第17回全日本女子サッカー選手権大会で優勝に貢献した。

このころシドニーオリンピックに向けた若手選手育成プログラム「シドニープラン」のメンバーに選ばれ、オーストラリア遠征での外国チームとの対戦を通して海外でのプレーを希望。1998年、フジタを退社してドイツ女子ブンデスリーガの強豪のひとつ、FCRデュイスブルクに移籍した。

FCRデュイスブルクでは試合中のケガなどに苦しみ、2001年にはFFCフーラスハイムに移籍。そこでドイツカップ2位に貢献し、翌2002年にはバイエルンミュンヘンの女子チームからオファーを受け移籍。シーズン終了後に契約延長の提示を受けたが、日本代表になるために帰国を決断。さいたまレイナスに移籍した。

レイナス加入直後の2002年7月、代表候補トレーニングキャンプメンバーに招集されたが、代表メンバーに選ばれることはなかった。

2003年には1月の第24回全日本女子サッカー選手権大会でベスト4、NEW!!わかふじ国体では神奈川女子チームで参加し3位、翌2004年には2004 L・リーグ1部(L1)で念願の初優勝を収めた。

2004シーズン終了後、現役引退によりJAPANサッカーカレッジで指導者として活動する予定であったが、同じ敷地内で練習するアルビレックス新潟レディースの練習に参加したことにより現役を続行。北信越女子サッカーリーグから日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)へ参入したばかりのチームで主将としてチームを率い、2006年に念願のディビジョン2(Div.2)優勝と翌シーズンのDiv.1昇格を決めるとともに、このシーズンのDiv.2部門MVPを獲得した。

2007年シーズン終了後、現役引退。

2013年より、アルビレックス新潟レディースのコーチに就任。

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 皇后杯 期間通算
1991 フジタ天台SCマーキュリー 6 JLSL 15 0
1992 18 0
1993 18 0
1994 L・リーグ 18 1
1995 フジタサッカークラブ・マーキュリー 17 0
1996 10 0
1997 9 0
ドイツ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
1997-98 FCRデュイスブルク ドイツ女子ブンデスリーガ
1998-99
1999-00
2000-01
2001-02 FFCフーラスハイム
バイエルンミュンヘン
2002 さいたまレイナスFC 22 L・リーグ 10 0
2003 21 2
2004 アルビレックス新潟レディース 2 L・リーグ2部 (L2) 15 2
2005 12 0
2006 なでしこリーグディビジョン2 21 0
2007 なでしこリーグディビジョン1 14 0
通算 日本 1部
日本 2部
ドイツ
総通算

タイトル[編集]

  • 日本女子サッカーリーグディビジョン2部門MVP (2006年[1])

脚注[編集]