清水義之 (野球)

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清水 義之
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都調布市
生年月日 (1963-09-19) 1963年9月19日(53歳)
身長
体重
174 cm
76 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 1987年 ドラフト4位
初出場 1988年5月1日
最終出場 1996年5月25日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

清水 義之(しみず よしゆき、1963年9月19日 - )は、横浜大洋ホエールズ西武ライオンズ阪神タイガースに在籍したプロ野球選手。ポジションは内野手

来歴・人物[編集]

拓大一高出身。社会人野球スリーボンド時代3年連続で都市対抗野球に出場。1987年のドラフト会議横浜大洋ホエールズから4位で指名され入団。1990年須藤豊が監督になると銚子利夫に代わりサードのレギュラーを獲得する。春先に強く1990年、翌1991年と開幕ダッシュのきっかけを作った。1991年6月5日の対広島戦、同点の9回裏に一死満塁の場面でインフィールドフライを打ち上げるも、捕手の達川光男がインフィールドフライのルールをど忘れしたことから、三塁走者の山崎賢一が本塁に生還、サヨナラゲームとなった。これは、日本プロ野球史上初のサヨナラインフィールドフライとなった事例である(詳細はサヨナラインフィールドフライ事件の項目を参照のこと)。

しかし1992年シーズン中に監督の須藤が成績不振を理由に休養し、江尻亮が監督に就任すると、ショートのレギュラーに抜擢されていた石井琢朗がサードに回され、石井の前にショートのレギュラーだった進藤がショートに戻った。これに押し出される形で、清水は以後控えに甘んじる事になる。

1993年の開幕直前、森山良二中村日出夫両選手との交換トレードで西武に移籍。移籍初年度は低打率ながら11打点と代打、守備に難がある鈴木健の守備固めとして試合数は少ないもののリーグ優勝に貢献した。

1996年開幕前、金銭トレードで阪神に移籍するも、阪神では無安打に終わりこの年限りで現役引退した。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1988 大洋 5 6 5 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 1 0 .200 .333 .200 .533
1989 28 63 56 5 13 2 0 1 18 3 0 1 3 1 2 0 1 17 1 .232 .267 .321 .588
1990 122 425 364 34 96 14 4 4 130 45 4 2 14 4 39 1 4 58 5 .264 .338 .357 .695
1991 129 517 448 55 119 24 2 5 162 54 10 0 11 4 48 5 6 56 8 .266 .342 .362 .704
1992 96 352 278 35 62 9 1 4 85 29 2 2 32 4 36 1 2 51 7 .223 .313 .306 .618
1993 西武 41 66 59 2 12 3 0 0 15 11 0 0 1 0 6 0 0 12 1 .203 .277 .254 .531
1994 13 17 12 1 1 1 0 0 2 1 1 1 1 0 4 0 0 5 0 .083 .313 .167 .479
1995 12 16 16 2 4 0 0 1 7 5 1 0 0 0 0 0 0 3 0 .250 .250 .438 .688
1996 阪神 8 12 12 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 7 0 .000 .000 .000 .000
通算:9年 454 1474 1250 134 308 53 7 15 420 149 18 6 62 13 136 7 13 210 22 .246 .324 .336 .660

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 5(1988年 - 1992年。厳密には1993年オープン戦まで)
  • 22(1993年 - 1995年)
  • 53(1996年)

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]