少年の日の思い出

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少年の日の思い出」(しょうねんのひのおもいで 原題:Jugendgedenken)は、ヘルマン・ヘッセ1931年に発表した短編小説。日本では、1931年に高橋健二の翻訳が出版され、『少年の日の思い出』の邦題となっている。

概要[編集]

1947年に高橋健二訳が、日本国定教科書に掲載された。それ以来、現在まで60年間以上も検定(国定)教科書に掲載され続けている。このヘッセの作品は、日本で最も多くの人々に読まれた外国の文学作品と言える。2010年現在、採択されている教科書5社のうち、4社に掲載されており、81.7%の中学一年生が本作品を学習している[1]

ところが、この作品はヘルマン・ヘッセ全集にも収録されておらず、ドイツでは殆ど知られていない。『Jugendgedenken』の初稿は、1911年に発表された『クジャクヤママユ』(Das Nachtpfauenauge)で、ドイツで発行された単行本や全集に収録されているのは、すべてこの初稿である。

ヘッセは20年後の1931年に、『クジャクヤママユ』を改稿し、題名を『Jugendgedenken』に変え、ドイツの地方新聞「Würzburger General-Anzeiger」の1931年8月1日号に短編小説として掲載した。この年に、日本の独文学者である高橋健二がヘッセを訪問し、別れ際に「列車の中で読みたまえ」と渡された新聞切り抜きが『Jugendgedenken』である。これを翻訳したものが国語の教科書に採用された。この『Jugendgedenken』のドイツ語文は、日本における大学のドイツ語授業でも使用されている。2010年12月、東洋大学名誉教授で日本昆虫協会副会長でもある岡田朝雄が、動物学的にも完璧な新訳『少年の日の思い出』(草思社刊)を出版した。岡田は15歳の時、高橋訳の本作に深い感銘を受け、大学院時代に高橋に師事して幾つかの誤りを指摘したが、読後60年を経て自ら完全な翻訳を成し遂げた。

あらすじ[編集]

主人公の「僕」は、幼いころ蝶・蛾集めに夢中になっていた。最初は、はやりで始めた蝶・蛾集めだったが、「僕」は時間も忘れるほど夢中になっていた。隣に住んでいる「エーミール」は、非の打ちどころのない悪徳を持っていた。彼は「僕」が捕まえた珍しい蝶(コムラサキ)を見るなり、20ペニヒと値踏みした上、様々な難癖を付け始めた。少年たちが大きくなったある日、エーミールは珍しい蛾(クジャクヤママユ)をさなぎからかえした、といううわさが広まった。「僕」はその蛾が見たくて彼の家を訪ねたが留守だったので、クジャクヤママユを一目見ようと彼の部屋に入り、その美しさゆえに盗みを犯してしまった。だが、罪悪感と焦りで蛾をつぶしてしまった。すまなく思い、彼に謝りに行くが、怒りもせず軽蔑的な眼差しで冷たくあしらうだけだった。そして「僕」は収集した蛾や蝶をすべてつぶすのだった。

登場人物[編集]

僕 (主人公)
美の象徴である蝶や蛾の収集が趣味。貧乏なのでボール紙の標本箱。通常は妹たちにしか標本は見せない。
エーミール
隣の家に住む、先生の息子。非の打ち所が無いという、悪徳を持っている。主人公は「模範少年」と称する。
小さいながら、きれいに整理された蝶や蛾を所持しており、修理法も会得している。
しかし、「僕」からの偏見的な意見のみで書かれているので、悪人のような人物となっている。
わたし
「僕」の友人。
子供ができた影響で、また蝶の収集を始めた。
「僕」の母
「僕」がエーミールに謝りに行くように促した。

脚注[編集]

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  1. ^ 新部公亮(日本昆虫協会理事) (2010年4月20日). “ヘルマン・ヘッセ昆虫展 ~文学+昆虫=・・・?~”. 2011年6月18日閲覧。

外部リンク[編集]