安政の大獄

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安政の大獄(あんせいのたいごく)は、安政5年(1858年)から安政6年(1859年)にかけて、江戸幕府が行なった弾圧である。当時は「飯泉喜内初筆一件」または「戊午の大獄(つちのえうまのたいごく、ぼごのたいごく)」とも呼ばれていた。

江戸幕府の大老井伊直弼や老中間部詮勝らは、勅許を得ないまま日米修好通商条約に調印し、また将軍継嗣を徳川家茂に決定した。安政の大獄とは、これらの諸策に反対する者たちを弾圧した事件である。弾圧されたのは尊皇攘夷や一橋派の大名公卿志士(活動家)らで、連座した者は100人以上にのぼった。形式上は第13代将軍・徳川家定が台命(将軍の命令)を発して全ての処罰を行なったことになっているが、実際には大老・井伊直弼が全ての命令を発した(家定の台命として行なわれたのは家定死去の直前である7月5日、徳川慶勝や松平慶永、徳川斉昭・慶篤と一橋慶喜に対する隠居謹慎命令(慶篤のみは登城停止と謹慎)だけであり、大獄の始まる初期のわずかな期間だけである[要出典]

受刑者[編集]

死刑・獄死[編集]

隠居・謹慎[編集]

隠居・差控[編集]

御役御免・差控[編集]

永蟄居[編集]

譴責[編集]

甲府勝手[編集]

甲府勤番への左遷

遠島[編集]

重追放[編集]

中追放[編集]

所払[編集]

永押込[編集]

国許永押込[編集]

押込[編集]

  • 津崎矩子………近衛家家臣(9月28日に免除)
  • 飯田忠彦………有栖川宮家臣
  • 豊島泰盛………有栖川宮家臣
  • 高橋俊璹…………鷹司家家臣
  • 山田時章………青蓮院宮家臣
  • 富田織部………三条家家臣
  • 大沼又三郎……下田奉行手付出役
  • 飯泉春堂………飯泉喜内の養子
  • 大竹儀兵衛……水戸藩士
  • 岩本常助………幕臣
  • 藤田忠蔵………幕臣
  • 筧承三…………岡部豊常家臣
  • 勝野保三郎……勝野正道の弟
  • 勝野ちか………勝野正道の妻
  • 勝野ゆう………勝野正道の娘
  • 三木源八………水戸藩士
  • 荻信之介………水戸藩士
  • 菊池為三郎……水戸藩士

急度叱り置き[編集]

  • 山本とよ………山本貞一郎の妻
  • 山本さい………山本貞一郎の娘
  • 山本うめ………山本貞一郎の娘

手鎖[編集]

  • 伊十郎…………江戸小網町名主
  • 源助……………江戸神田町の町人
  • 源左衛門………信濃国松本町の町人

その他[編集]

  • 若松永福………三条家家臣、洛中洛外江戸構い(追放)
  • 世古恪太郎……伊勢松坂の酒造屋であり、紀州徳川家の御用達を務めた豪商の息子。江戸構い(追放)、紀伊殿領分所払い
  • 楢崎将作………医師。長女の楢崎龍坂本龍馬の妻。

捕縛前に死去[編集]

朝廷への処分[編集]

脚注[編集]