国連軍 (朝鮮半島)

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朝鮮半島における国連軍(こくれんぐん、: United Nations Command, UNC)は、1950年に勃発した朝鮮戦争において組織された多国籍軍である。2017年現在も組織は存続しており、日本の横田基地に後方司令部を置く。朝鮮国連軍とよばれることもある[1]

概要[編集]

1950年6月25日(現地時間)、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が大韓民国(韓国)に侵攻し、朝鮮戦争が勃発した。国際連合安全保障理事会は、ソビエト連邦が欠席しているため、アメリカ合衆国が主導し、6月25日の国際連合安全保障理事会決議82[2]にて北朝鮮の武力攻撃を非難し、韓国への援助を求めた。

アメリカは、韓国政府からの要請を受けて6月27日に軍事介入を決断しており、安保理も、6月27日の国際連合安全保障理事会決議83[3]にて軍事力の行使を認めている。7月7日、国際連合安全保障理事会決議84[4]において、北朝鮮に対抗するために、アメリカが指揮を執る多国籍軍の編成を要請した[5]

多国籍軍については、アメリカ軍の司令官が指揮を執り、参加各国の国旗とともに国際連合の旗を使用する権限(Authorizes the unified command at its discretion to use the United Nations flag)が与えられている。この軍は、国際連合憲章第7章に基づく、安保理が指揮する国連軍ではないが、国際連合の決議に基づき、その名称使用が認められている[6]

7月8日に、ハリー・S・トルーマン大統領は、ダグラス・マッカーサーを国連軍司令官に任命した[7]。国連軍には、イギリストルコフランスベルギーなど16ヶ国が参加し[5][6]、国連非加盟であった大韓民国は、1950年7月15日の大田協定により、作戦指揮権(operational command)を国連軍に委ねている[6]。1953年7月の朝鮮戦争休戦協定は国連軍が当事者となっており、以後も組織は存続している。このうち、アメリカ軍と韓国軍については、1978年11月に米韓連合司令部(ROK-US Combined Forces Command,CFC)が設置され、連合部隊として指揮される[6]。なお、作戦指揮権は、1954年に作戦統制権(operational control)に名称が変更されている[8]

国連軍司令官と米韓連合軍司令官は兼職であり、アメリカ軍人がその地位にある[6]。ただし、国連軍司令官は、休戦協定の維持が責務であり、統合参謀本部の隷下にあり、参加各国軍(主力は米韓連合軍)の指揮を行うのに対し、米韓連合軍司令官は、米韓の合同組織である軍事委員会の隷下にあり、韓国防衛が責務で、米韓連合軍の指揮を執るとの差異がある[9]

結成当時アメリカやイギリスなどの連合国軍の占領下にあった日本はこの国連軍に参加してはいないが、設置時の司令部は、当時日本の占領を指揮していた連合国軍最高司令官総司令部の本拠地があった東京にあり、1951年に吉田・アチソン交換公文が交わされ、占領を脱した後の1954年に「日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定」(国連軍地位協定)が締結されたことに基づき、国内に国連軍施設が設置されている[6][10]。1957年に司令部が韓国に移転した[6]後も、後方司令部がキャンプ座間に置かれ、これは2007年に横田基地に移転している[10]

1953年時点の兵力[編集]

国連軍の1953年7月27日時点の総兵力は932,964人であり、参加各国別の兵力は以下の通り[11]

国連軍地位協定[編集]

1953年7月27日朝鮮戦争休戦協定の発効を受けて、日本は1954年2月19日アメリカ合衆国(米国)・イギリス(英国)・フランスなど9ヶ国と「日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定」(国連軍地位協定)を結んでいる(のちにタイ王国も加わり10ヶ国となる[12][13][14][15][16])。同協定は同年6月11日に発効している。

国連軍後方司令部[編集]

1957年7月、同協定に基づきアメリカ太平洋軍第8軍司令部隷下の在日米陸軍・国連軍・第8軍後方司令部としてキャンプ座間に「後方司令部」が設置され、1959年3月、第8軍後方司令部の役割を解除されて「在日米陸軍・国連軍後方司令部」となり、2007年11月1日横田飛行場に移転した。司令部には、司令部要員として4名が常駐しているほか、各国大使館駐在武官の兼務を含めて23人の連絡将校団が常駐。3~4ヵ月に1回程度の頻度で情報交換のための非公式会合を行っている[17]

同協定第24条によれば、国連軍後方司令部は朝鮮半島から国連軍が撤退するまで有効で、国連軍撤退が完了したのち90日以内に日本から撤退しなければならない。

2014年1月現在、国連軍に認められた後方司令部の構成国は、米国、英国、フランス、オーストラリアニュージーランドフィリピン、タイ、韓国、トルコの8か国である[18][19]

国連軍施設[編集]

在日米軍基地のうち、座間と横田を含めた次の7カ所が協定に基づく国連軍施設に指定されている。

  1. キャンプ座間
  2. 横須賀海軍施設
  3. 佐世保海軍施設
  4. 横田飛行場
  5. 嘉手納飛行場
  6. 普天間飛行場
  7. ホワイト・ビーチ地区(沖縄県うるま市

現在も、必要に応じて国連軍参加各国が国連軍基地を使用している。国会答弁等から分かる使用実績は次の通り。

  • (1997-1999年)艦船7隻、航空機23機が寄港・飛来[20]
  • (2000-2002年)艦船寄港21回、航空機着陸10回を記録[21]
  • (2006年,2009年)北朝鮮の核実験に際して、大気観測を行う英軍機VC10が国連軍地位協定を活用して嘉手納空港を補給等のために使用[22]
  • (2007年)嘉手納で米豪共同訓練を実施[23]

そのほか、2014年にはフランス海軍フリゲート艦プレリアルが、沖縄の米海軍基地をはじめ日本の各地に寄港している[24]

脚注[編集]

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  1. ^ “国連軍”. 世界大百科事典第2版. https://kotobank.jp/word/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%9B%BD%E9%80%A3%E8%BB%8D-1368073 2017年12月11日閲覧。 
  2. ^ 安全保障理事会決議82
  3. ^ 安全保障理事会決議83
  4. ^ 安全保障理事会決議84
  5. ^ a b 等雄一郎・福田毅・松葉真美・松山健二. “多国籍軍の「指揮権」規定とその実態(調査と情報 第453号)”. 国立国会図書館. 2017年6月26日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g 日本列島と朝鮮半島3 求められる将来を見通す「目」,藤井非三四,軍事研究 2013年7月号,P148-161,株式会社 ジャパンミリタリレビュー
  7. ^ 「敗走」破竹の進撃の北朝鮮軍 さらに南へ、国連軍の戦術的後退は続く,田中恒夫,朝鮮戦争 38度線・破壊と激闘の1000日 P34-39,学習研究社,2007年,ISBN 978-4056047844
  8. ^ 倉田秀也 (2011年3月). “米韓同盟と「戦時」作戦統制権返還問題”. 日米関係の今後の展開と日本の外交. 財団法人日本国際問題研究所. 2017年6月26日閲覧。
  9. ^ SAM-YEOL JANG (2001年4月). “The Role and Command Relationship of the USFK in the Changing Security Environment”. ARMY WAR COLLEGE. 2017年6月26日閲覧。
  10. ^ a b 朝鮮国連軍地位協定”. 日本国外務省 (2016年7月27日). 2017年6月26日閲覧。
  11. ^ United States Forces Korea. “United Nations Command (アーカイブ)”. 2013年3月12日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年6月27日閲覧。
  12. ^ http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B-S38-P1-3_1.pdf
  13. ^ http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B-S38-P1-3_2.pdf
  14. ^ http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B-S38-P1-3_3.pdf
  15. ^ http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B-S38-P1-3_4.pdf
  16. ^ http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B-S38-P1-3_5.pdf
  17. ^ 第145回国会参議院日米防衛協力のための指針に関する特別委委員会会議録-5号, 1999年5月12日, p41
  18. ^ http://www.yokota.af.mil/news/story.asp?id=123378294
  19. ^ http://www.yokota.af.mil/shared/media/document/AFD-150924-004.pdf
  20. ^ 第145回国会参議院日米防衛協力のための指針に関する特別委委員会会議録-5号, 1999年5月12日, p41
  21. ^ 第156回国会衆議院沖縄及び北方領土問題に関する特別委員会会議録-2号, 2003年2月25日, p24
  22. ^ 第171回国会参議院外交防衛委員会-16号, 2009年6月4日, p9
  23. ^ Kadena Air Base, "Base Hosts 1st RAAF training in Japan," 10/11/2007. <[1]
  24. ^ http://www.ambafrance-jp.org/article7618

外部リンク[編集]