吉田正彦

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吉田 正彦
Masahiko Yoshida
引退
ポジション(現役時) ポイントガード
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基本情報
ラテン文字 Masahiko Yoshida
誕生日 (1941-04-18) 1941年4月18日(77歳)
日本の旗 日本
出身 立教大学
ドラフト  
日本鋼管

吉田 正彦(よしだ まさひこ、1941年4月18日[1] - )は、日本のバスケットボール指導者、選手。

暁星高校から立教大学を経て日本鋼管で選手として活躍[2]

全日本としても1967年世界選手権に出場。しかしメキシコ五輪出場権は獲得できなかった。

引退後はコーチに転じ、ミュンヘン五輪でコーチ、モントリオール五輪で監督を務めた。

退社後は東京バスケットボール協会役員、バスケットボール日本リーグ機構専務理事を歴任し[3]、2016年からは日本バスケットボール推進協議会の副幹事長を務める[4]

脚注[編集]

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  1. ^ 林壮一 (2018年2月15日). “バスケ男子元全日本監督の喝「プロ化したというのに、東京五輪出場を諦めるのか?」”. 2018年2月15日閲覧。
  2. ^ “【津田俊樹のスポーツ茶論】バスケ会場1カ所で大丈夫?”. 産経新聞. (2016年4月12日). http://www.sankei.com/column/news/160412/clm1604120006-n1.html 
  3. ^ 振興会ニュース第11号 (PDF)”. 日本バスケットボール振興会. 2016年7月17日閲覧。
  4. ^ “日本バスケ推進協議会が日本協会に質問状提出”. 日刊スポーツ. (2016年3月17日). http://www.nikkansports.com/sports/news/1617956.html 

関連項目[編集]