古屋兎丸

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古屋 兎丸
(ふるや うさまる)
Usamaru Furuya - Lucca Comics & Games 2015.JPG
生誕 1968年1月25日(48歳)
日本の旗 日本東京都
職業 漫画家
公式サイト ウサギ☆ひとりクラブ
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古屋 兎丸(ふるや うさまる、男性、1968年1月25日[1] - )は、日本漫画家東京都出身[1]多摩美術大学美術学部絵画科(油絵専攻)卒業[1]

略歴[編集]

小学生の頃に「手塚治虫の漫画通信講座」を受けており、『少年キング』の似顔絵コーナーの常連であった。高校在学中はアングラな世界に目覚め、3年時に求めていた表現が油絵であるとに気づき美大に入学。在学中には東京グランギニョルに憧れて演劇も行っていた。この後、抽象的な表現よりも具体的な形を求めるようになる[2]

卒業後はアーティストを目指していたが、油絵だけで身を立てるには難しい時世でもあったため、アルバイトでイラストを描いて収入を得ていたが、昔漫画を描いていたことを思い出し、漫画家への転身を決意する[3]1994年、『月刊漫画ガロ』に掲載された『Palepoli』(パレポリ)でデビュー。高校の美術講師をしながら漫画執筆を続けていたが[1]、初の週刊連載『π(パイ)』開始と前後してフリーの漫画家となる。漫画以外にも、オムニバス映画『ZOO』(原作:乙一)の中の一本『陽だまりの詩』の脚本絵コンテキャラクターデザインを手がけ、webサイト「ぽこぽこ」ではスーパーバイザーに就任するなどしている[4]

人物[編集]

  • 2007年秋、買い物の出先でロケ中の伊集院に遭遇し、握手をしてもらったことがある[7]。古屋は伊集院を前に緊張していた[7]。伊集院に読んでほしいと考え、『少年少女漂流記』を渡そうとしたところ、伊集院は既に同作を読んでおり、古屋が作者であることに驚いていたという[7]。この件は同年11月5日放送の『伊集院光 深夜の馬鹿力』でも取り上げられた[8]
  • 過去のアシスタントにイラストレーターのD[di:]がいる。
  • 短篇集ショートカッツの「高校生に女子高生を描いてもらうとどうなるか」という企画に大友克洋の息子、大友昇平(SHOHEI)の絵が載っている。
  • 作画の効率アップを図るために2014年4月よりフルデジタル作画に移行。しかし導入してから8ヶ月後の2015年1月頃から原因不明の体調不良(不眠障害、微熱、精神不安定など)に悩まされることが続く。同年2月には自律神経失調症の診断が下る。しかし症状の改善が見られず、鬱病なども疑い改めて生活を見直してみると、体調不良が始まった時期と長時間のデジタル作画導入開始の時期と合致していると感じ、他に思い当たる節がなかったため同年5月からアナログ(手描き)とデジタル作業を織り交ぜる形に戻した[9]

作風[編集]

多彩な画風と繊細で正確な描き込み、ブラックな作風を得意とする。漫画以外にオムニバス映画『ZOO』(原作:乙一)の中の一本『陽だまりの詩』の脚本絵コンテキャラクターデザインを手がけたり、CDジャケット、雑誌の表紙のイラスト等でも活躍。初期の「ショートカッツ」などでの作風は、メタフィクション、『ガロ』掲載作品のパロディエロティシズムなどが主流だった。

作品リスト[編集]

漫画[編集]

単行・イラスト集[編集]

映画・ドラマ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d まんがseek・日外アソシエーツ共著『漫画家人名事典』 日外アソシエーツ、2003年2月25日初版発行、ISBN 4-8169-1760-8、33頁
  2. ^ 『平らな時代』インタビュー
  3. ^ 『平らな時代』インタビュー
  4. ^ http://www.poco2.jp/ ぽこぽこ
  5. ^ 古屋兎丸公式ブログほか、『ジャンプスクエア』などで公にされている
  6. ^ 誕生当日にtwitterで本人が発言。なお、長男の本名も発表している。
  7. ^ a b c d ウサギ☆ひとりクラブ 2007.11.02 ネ申に遭遇!!!!!!
  8. ^ ウサギ☆ひとりクラブ 2007.11.08 そして伊集院が!!
  9. ^ 「病気になりました」”. 古屋兎丸 TwitLonger (2015年6月21日). 2015年6月26日閲覧。

外部リンク[編集]