佐藤光夫

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佐藤光夫(さとう みつお、1933年2月1日 - 2002年10月20日)は、大蔵官僚。アジア開発銀行総裁(第6代)、元東京証券取引所副理事長。

略歴[編集]

群馬県出身。渋川高校東京大学法学部卒業後の1955年大蔵省に入省。入省同期に、藤井裕久平澤貞昭水野勝JT社長、国税庁長官)、宮本一三、岡上泉(印刷局長)、迫水久正(南九州財務局長、迫水久常の子)、行天豊雄宍倉宗夫防衛事務次官)、佐藤徳太郎公取委員)など。

関税局長などの要職を歴任し、1986年東京証券取引所顧問に就任。東京証券取引所専務理事を経て、1991年、東京証券取引所副理事長に就任した。

1993年、6代目のアジア開発銀行総裁に就任。1999年まで務めた。退任後は、第一生命経済研究所特別顧問などを歴任。アジア通貨危機の経験などを題材に講演活動を盛んに行った。

2002年10月20日、69歳で逝去[1]

脚注[編集]