伊達邦宗

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伊達邦宗

伊達邦宗(だて くにむね、明治3年9月10日1870年10月4日) - 大正12年(1923年5月27日)は、伊達家31代当主。伊達家29代当主伊達慶邦の七男として生まれる。幼名は菊次郎。正四位伯爵

明治になってからの伊達家当主である。明治32年(1899年)、兄・伊達宗基の養子となった。その後ケンブリッジ大学に留学して経済学を学び、帰国後、屋敷内に農場「養種園」を開いた。大正6年(1917年)、兄・宗基の死後、伊達伯爵家を継いだ。大正12年(1923年)に54歳で死去し、その後は子の興宗が継承した。宮内庁掌典長や、神社本庁統理等を歴任した東園基文は三男。

著書に『伊達家史叢談』がある。

栄典[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第3235号「叙任及辞令」1923年5月15日。


日本の爵位
先代:
伊達宗基
伯爵
仙台伊達家第2代
1917年 - 1923年
次代:
伊達興宗