京都市立洛陽工業高等学校
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| 京都市立洛陽工業高等学校 | |
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北緯34度58分46.9秒 東経135度44分6.3秒 / 北緯34.979694度 東経135.735083度座標: 北緯34度58分46.9秒 東経135度44分6.3秒 / 北緯34.979694度 東経135.735083度 | |
| 過去の名称 |
京都染工講習所 京都市染織学校 京都市立工業学校 京都市立第一工業学校 京都市立洛陽高等学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
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| 設立年月日 | 1886年 |
| 創立記念日 | 10月31日 |
| 閉校年月日 | 2018年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 |
全日制課程 定時制課程 |
| 設置学科 |
全日制 創造技術科 定時制 機械科 電気科 コンピュータ科 |
| 学科内専門コース |
全日制創造技術科 電気コース 電子コース 機械コース 京都ものづくりコース |
| 学期 | 3学期制 |
| 高校コード | 26136A |
| 所在地 |
〒601-8467 京都府京都市南区唐橋大宮尻町22 |
| 外部リンク | 公式サイト |
京都市立洛陽工業高等学校(きょうとしりつ らくようこうぎょうこうとうがっこう)は、京都府京都市南区唐橋大宮尻町に所在した市立の工業高等学校。
日本初の工業高等学校。
京都市内には、名称が類似した洛陽総合高等学校という高校もあるが、こちらは私立校であり全く別の学校である。
概要
[編集]1886年に創立された京都染工講習所を源流とする。学校再編や学制改革による幾度かの校名変更を経て、1963年に現校名となる。
2016年、京都市立工業学校(洛陽工業高等学校の前身)の分教場を源流とする京都市立伏見工業高等学校と統合されて京都市立京都工学院高等学校が開校し、洛陽工業高等学校は2018年3月31日をもって閉校した。
学校の公式サイトによると、全国の公立工業高等学校の中でもっとも歴史ある学校と紹介されている[1]。
- 1886年(明治19年)9月 - 京都染工講習所が創立される(油小路下立売上ル)
- 1894年(明治27年)10月 - 京都染工講習所を母体とした京都市染織学校(染物・織物の2部)が設立される
- 1895年(明治28年)4月 - 釜座通椹木町上ル東裏辻町に新校舎竣工移転
- 1903年(明治36年)12月 - 全国染織学校代表としてセントルイス万国博覧会に色染部・機織部の製品を出展
- 1911年(明治44年)3月 - 中京区西洞院竹屋町から上京区相国寺門前町(現・烏丸中学校地)に移転[3]。
- 1919年(大正8年) - 京都市立工業学校に改称
- 1920年(大正9年4月 - 色染科・機織科のほか工業化学科・電気科・機械科の3科を設置、分教場として金工・木工・玩具の3科を設置
- 1924年(大正13年)4月 - 建築科を設置
- 1925年(大正14年)4月 - 京都市立第一工業学校に改称。分教場を廃し、第二工業学校として独立
- 1935年(昭和10年) - 下京区唐橋大宮尻町に新築移転(以後、閉校まで使用)
- 1937年(昭和12年)4月 - 第二本科(定時制課程)を設置
- 1948年(昭和23年)4月 - 京都市立洛陽高等学校となる。普通・商業・工業の3科を設置
- 1949年(昭和24年)4月 - 建築科を伏見高等学校に移管、伏見高等学校の機械科を本校に移管
- 1959年(昭和34年)4月 - 電気通信科を新設
- 1960年(昭和35年)4月 - 電子工業科を新設
- 1962年(昭和37年)4月 - 化学工学科を新設
- 1963年(昭和38年)4月 - 京都市立洛陽工業高等学校に改称する[※ 1]
- 1969年(昭和44年)4月 - 電気通信科と電子工業科を統合し電子科を設置
- 1975年(昭和50年)4月 - 色染科を色染化学科に、紡織科を繊維工学科に改称
- 1978年(昭和53年)4月 - 工業化学科と化学工学科を統合し化学工業科を設置
- 1986年(昭和61年)11月 - 創立100周年記念式典を挙行
- 1990年(平成2年)4月 - 色染化学科と繊維工学科を統合し染織技術科を設置、電子科を改編し情報電子科を設置、機械科を改編し電子機械科を設置
- 1999年(平成11年)4月 - 染織技術科を京都伝統産業科に、化学工業科を環境化学科に、情報電子科を電子通信科と電子情報科に、電子機械科2クラスのうち1クラスを生産技術科に改編
- 2007年(平成19年)4月 - 全日制の全学科を創造技術科に改編
- 2011年(平成23年)3月 - 定時制課程を廃止
- 2015年(平成27年)12月 - 創立130周年記念式典を京都劇場で挙行
- 2016年(平成28年) - 京都市立伏見工業高等学校全日制[※ 2]と統合され、京都市立京都工学院高等学校が新設されるのに伴い、生徒の募集を停止。新1年生は京都工学院高に入学し、洛陽工業高は2年生と3年生のみとなる
- 2017年(平成29年)
- 3月 - 唐橋校舎閉校舎式典を挙行
- 4月 - 伏見区深草西出山町へ移転
- 2018年(平成30年)3月 - 閉校
学科
[編集]全日制
[編集]- 京都伝統産業科
- 環境科学科
- 電気科
- 電子通信科
- 情報電子科
- 生産技術科
- 電子機械科
以上、2007年度で募集停止し、創造技術科に改編。
- 創造技術科
- 1年次は共通学習するが、2、3年次で専門コースを選択する。
定時制
[編集]2006年度で募集停止。
- 機械科
- 電気科
- コンピュータ科
部活動
[編集]野球部は1950年に第22回選抜高等学校野球大会に初出場
出身者・ゆかりの人物
[編集]出身者
[編集]- 大島渚 - 映画監督。ただし府立洛南高校の廃校に伴う転入であるため、府立洛南高校の跡地に再興された府立鳥羽高校でOBとして講演をしている
- 中谷信夫 - 元プロ野球選手
- 久保重男 - 元プロ野球選手
- 深見吉夫(後に池田に改姓) - 元プロ野球選手
- 岡本伊三美 - 近鉄バファローズ元監督
- 種田訓久 - 元プロ野球選手
- 永守重信 - ニデック株式会社創業者
- 仲畑貴志 - コピーライター
- 山本弘 - SF作家
- 横山ひとし - 漫才師・タレント・レーサー
- 西田吉宏 - 政治家(中退)
- 九里一平 - 漫画家・竜の子プロダクション前社長(中退)
- 広坂正美 - ラジコン世界チャンピオン
- 岸本一馬 - 男子バレーボール選手 元全日本代表
- 畑信也 - ビーチバレー選手
- 小山義一 - 鉄道技術者。名古屋鉄道元社員でパノラマカーの設計者の一人
- 五十棲辰男 - 政治家
- 紅谷愃一 - 映画録音技師
- 横田一義 - 男子バレーボール選手
- 水井康雄 - 彫刻家
- 真木和美 - 物理学者
- 吉田義朗 - 日本障害者カヌー協会会長
- 玉宅健太郎 - 男子バレーボール選手
- 小林敏峯 - 実業家。マイカル創業者の一人
関係者
[編集]- 古田武彦 - かつてこの高校で教鞭をとっていた。
アクセス
[編集]その他
[編集]高校跡地で発掘調査が行われ、2019年9月、平安京の羅城の一部と、九条大路が京都市埋蔵文化財研究所によって確認された[5]。(高校跡地は羅城門跡地の西約400mに立地)
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 普通科生徒は京都市立塔南高等学校に転籍した。
- ↑ 同校の定時制は同校を校地として2021年(令和3年)に京都市立西京高等学校定時制と統合され京都奏和高等学校に改組された[4]。
出典
[編集]- ↑ 京都市立洛陽工業高等学校ウェブサイト「学校の歴史」
- ↑ “学校沿革史”. 京都市立洛陽工業高等学校. 2026年4月11日閲覧。
- ↑ 『史迹と美術 56(7)(567)』史迹美術同攷会、1986年8月、274頁。NDLJP:6067455/4。
- ↑ “定時制の新高校「京都奏和」に 伏見工と西京高を統合、21年4月開校”. 京都新聞 (2019年11月23日). 2019年11月24日閲覧。
- ↑ “高校跡地で「羅城」の痕跡を初確認 平安京の範囲が確定”. (2019年9月12日) 2019年9月13日閲覧。
