ヴォイニッチ手稿

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ヴォイニッチ手稿の内容。生物について書かれているように見える。パイプのような挿絵もある。

ヴォイニッチ手稿(ヴォイニッチしゅこう、ヴォイニッチ写本、ヴォイニック写本、英語: Voynich Manuscript)とは、1912年イタリアで発見された古文書暗号とおぼしき未知の文字で記され、多数の彩色挿し絵が描かれている。

概要[編集]

14世紀から16世紀頃に作られたと考えられている古文書。全230ページからなり、未知の言語で書かれた文章と生物を思わせる様々な彩色された挿絵から構成されている。文章に使用されている言語は、単なるデタラメではなく言語学的解析に照らし合わせ、何らかの言語として成立機能している傍証が得られているため、一種の暗号であると考えられているが内容は不明。

手稿の名称は発見者であるポーランド系アメリカ人の古書商、ウィルフリッド・ヴォイニッチにちなむ。彼は1912年に、イタリアローマ近郊のモンドラゴーネ寺院で同書を発見した。現在はイェール大学付属バイネキー稀書手稿ライブラリが所蔵する。

2011年にアリゾナ大学で行われた放射性炭素年代測定により、使用されている羊皮紙は1404年から1438年に作られたと判明した。だが執筆時期はさらに後年の可能性がある[1]

手稿の内容[編集]

手稿には記号システムが確認されている特殊な文字によって何かの詳細な説明らしき文章が多数並んでおり、ページの上部や左右にはかなり緻密な植物の彩色画が描かれている。植物の絵が多いが、それ以外にも、銀河星雲に見える絵や、精子のように見える絵、複雑な給水配管のような絵、プール浴槽に浸かった女性の絵などの不可解な挿し絵が多数描かれている。

暗号が解読できないため挿し絵の分析から内容を推測する試みもなされたが、成功していない。描かれている植物の絵などは実在する植物の精緻なスケッチのようにも見えるが、詳細に調べても描かれているような植物は実在せず、何のためにこれほど詳細な架空の(と考えられる)植物の挿し絵が入っているのか理由は定かでない。

文字部分の拡大図。単語反復が異常に多いこと、冠詞名詞のように対になって現れる単語がほとんどないことは分かっている

挿し絵のなかに浴槽に浸った女性の絵があり、この絵についてレヴィトフは、中世南フランス12世紀から13世紀ごろ栄えたキリスト教異端教派とされるカタリ派の「臨終(または宗教的な自殺)」の儀式のさまを現していると主張した。手稿全体もカタリ派の教義書か関連文書であると主張したが、仮説にすぎず、反論もある。また描かれた女性は全裸であり、このことから服飾に基く執筆当時の時代判定も困難である。

暗号文言語学統計的手法で解析した結果、本文はでたらめな文字列ではなく、自然言語人工言語のように確かな意味を持つ文章列であると判断されたが、なお解読されていない。

発見当初と初期の暗号解読研究では画期的な内容が記されている可能性が考えられ、解読に対し大きな期待がかけられた。しかし、今日ではどのような暗号なのかという知的興味と解読することへの知的挑戦において魅力があるが、内容はもし解読できたとしてもそれほど驚くべきものではないだろうという意見が大勢を占めている。例えば、反復する出現パターンに着目し、既存の文字譜(文字で表記された楽譜)との類似性を指摘した見方もある[2]。また、後述のように全くのでたらめであるとの説も有力である。

また、この手稿は一種のアウトサイダー・アートであり「解読」しようとする試みそのものが無意味であるとの意見も存在するが、これも仮説の域を出るものではない[3]

歴史[編集]

「偽造」の犯人候補の一人、エドワード・ケリー

歴史的に、この手稿は、ロジャー・ベーコンが著者であるとして、1582年ボヘミアルドルフ2世によって購入されたことが分かっている。錬金術関連の著作であると考えられた。他方、ベーコンは、英国の時代を先取りした実証的科学者天文学者・思想家であり、挿し絵から見て、薬草学に関する何かの知識か見解を宗教的迫害から守るため、非常に特殊な暗号を使って記載したのではとも推定される。

ヴォイニッチ手稿は暗号で書かれた貴重な研究書などではなく、単なるでっち上げだという説も唱えられている。犯人として最も有力視されているのが、ボヘミアの錬金術師エドワード・ケリーである。ルドルフ2世から金を詐取するため、もしくはライバルだった英国の著名な魔術師・錬金術師として知られるジョン・ディーをかつぐために偽造したというものである。ジョン・ディーは手稿入手の背景にいた人物である。偽造ではないとすると、ジョン・ディーの経歴から「薔薇十字団運動」と何かの関係があるかも知れない。

1945年、暗号の天才と呼ばれ、第二次世界大戦時、数々の暗号を解読した(日本の暗号パープルコードを解読したことでも知られる)ウィリアム・フリードマンが解読に挑戦したが成功しなかった。フリードマンは暗号というよりも人工言語の類ではないかとの示唆を残している。1987年出版の本でレオ・レヴィトフ博士が解読に成功したと発表したが、非常に不自然な解読法で、恣意的に原文を再構成できるような解読法であり、解読に成功したというのは、誤りに過ぎなかったということが確認された。

フィクション上のヴォイニッチ手稿[編集]

英国の作家・評論家のコリン・ウィルソンの小説『賢者の石』『ロイガーの復活』等は、怪奇小説作家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの「クトゥルー神話」の系譜に属する。ウィルソンはそこで、ヴォイニッチ手稿は、ラブクラフトが創作した想像上の文書である『ネクロノミコン』の写本であったという架空の設定を記している。

ウィルソンの小説のなかでは、暗号に使われた文字はアラビア文字であり、しかし言語はアラビア語ではなくラテン語であったとされる。アラビア文字は右から左へと綴るが、現実のヴォイニッチ手稿は記述されている言語こそ不明ではあるが左から右へと綴られていることはまず間違いない。

作家ダン・シモンズの長編SF小説『イリアム』(Ilium) とその続編『オリュンポス』(Olympos) ではヴォイニッチ手稿が重要な役割を果たす。小説中でヴォイニッチ手稿は偽作という設定になっているが、手稿の真偽を確かめるために行なわれた時間旅行実験が大災害を引き起こす。またヴォイニッチにちなんで命名されたVoynixという人工生物が登場する。

脚注[編集]

  1. ^ UA Experts Determine Age of Book 'Nobody Can Read'”. UAnews (2011年2月9日). 2011年2月15日閲覧。
  2. ^ ヴォイニッチ手稿はどうみても楽譜” (2013年6月27日). 2013年11月4日閲覧。
  3. ^ ASIOS『謎解き超常現象』彩図社、2009年・94-98頁参照

関連書籍[編集]

  • 『ヴォイニッチ手稿 -そのエレガントな謎』M. E. D'Imperio 著 高橋健 訳(無頼出版、1999年12月)ISBN 4-903077-00-4
  • 『ヴォイニッチ写本の謎』ゲリー・ケネディ、ロブ・チャーチル 著 松田和也 訳(青土社、2005年12月)ISBN 4-7917-6248-7
  • 『ヴォイニッチ手稿 第三次研究グループ(1991-2001年)』高橋健 著(無頼出版、2011年5月)ISBN 978-4-903077-09-3

関連項目[編集]

外部リンク[編集]