ラブユー東京

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ラブユー東京
黒沢明とロス・プリモスシングル
B面 涙とともに
リリース
ジャンル ムード歌謡
レーベル クラウンレコード
チャート最高順位
黒沢明とロス・プリモス シングル 年表
ラブユー東京
1966年
涙でしあわせを
(1966年)
特記事項:発売当初は「涙とともに」がA面であった。
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ラブユー東京(ラブユーとうきょう)は、1966年に発売された黒沢明とロス・プリモスのシングルである。規格品番はCW-460。

解説[編集]

この曲は黒沢明とロス・プリモスの代表曲とされる。

初回出荷はわずか1000枚に留まった[1]。発売当初のA面曲は「涙とともに」であった。実際、当時のロス・プリモスは自身のテーマ曲として「涙とともに」を歌うことが多かった[1]。しかし発売から半年後、山梨県甲府市のホステスの間で「ラブユー東京」が話題になり[1]、また作曲した中川博之と友人で後に推理作家としてデビューする内田康夫が制作に係わった深夜ラジオで連夜「ラブユー東京」を流し[1]、次第に知名度が上がる。

1967年7月、同品番でジャケットデザインを差し替え、「ラブユー東京」がA面曲に昇格する[1]。旧版ジャケットは2色刷りのロス・プリモスのメンバーの写真が使用されており、新版ジャケットはカラー印刷の夜景と女性の写真が使用されている。

オリコンシングルチャートが正式に発表されるようになった1968年1月4日付で1位を獲得し、記念すべき1曲目の1位獲得曲となった。オリコンチャート圏内でのセールスでは30万枚そこそこだが、実際はその前にかなりヒットしていたとされている。

1966年に発売された音源の他に1991年の新録音版もあり、2004年の全曲集には1991年版の方が収録されている。また2006年に発売された40周年記念のベスト盤には1966年版と1991年の音源の二種類が揃って収録されている(1991年版の方には「1991バージョン」と記されている)。

「ラブユー東京」の累計売上は通算250万枚[1]に達するとされる。

1985年3月21日なぎら健壱がLP『青春ラリアート』を発売。同アルバムに、この歌のタイトルをパロディ化し、日本のスポーツ新聞東京スポーツ』について歌った「ラブユー東京スポーツ」が収録された[2]。ただし、似ているのはタイトルのみで歌詞もメロディも全く異なる。

収録曲[編集]

  1. 涙とともに 作詞:木村伸/作曲・編曲:中川博之
  2. ラブユー東京 作詞:上原尚/作曲:中川博之/編曲:中川博之(1966年版)、斉藤恒夫(1991年版)

続編など[編集]

1986年6月21日、「ラブユー東京パートII」をシングル(クラウンレコード CWA-365)として発売。

収録曲
  1. ラブユー東京パートII(作詞:星野哲郎/作曲:中川博之/編曲:小杉仁三
  2. 博多中洲は雨あがり(作詞:水木れいじ/作曲:中川博之/編曲:小杉仁三)

1987年、テレビ番組『オレたちひょうきん族』内のコーナー「ラブ・ユー・貧乏」(明石家さんま前田政二Mr.オクレ村上ショージ他出演)で、ロス・プリモスがこの曲の替え歌(歌詞の「あなた」を「お金」、「ラブユー」「東京」の箇所を「貧乏」にそれぞれ替えたもの)を歌った。同年4月1日にシングルレコード(クラウンレコード CWA-414)とカセットテープとして発売し、同年7月時点で5万枚以上を売り上げるヒットとなった[3][4]

収録曲
  1. ラブユー貧乏(セリフ編)(作詞:高橋秀樹、上原尚/作曲:中川博之/編曲:斉藤恒夫/台詞構成:徳永淳
  2. ラブユー貧乏(ボーカル編)(作詞:高橋秀樹、上原尚/作曲:中川博之/編曲:斉藤恒夫)

カヴァーしたアーティスト[編集]

関連項目[編集]

脚注・出典[編集]

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  1. ^ a b c d e f 産経新聞』1998年5月9日付東京夕刊。
  2. ^ 東スポ研究会(編)『東スポワールド大事典 現代〈世紀末〉ニッポンを読み解く?キーワード152連発!』コスモの本、1991年、254頁。ISBN 4-906380-24-7
  3. ^ 「貧乏再発見──無理しないから優雅、価値観、カネ・モノ以外に(おかね孝現学)」『日本経済新聞』1987年7月28日付朝刊、5頁。
  4. ^ 日経流通新聞』1987年9月3日付、19頁。
  5. ^ 佳祐、父に贈る「ラブユー東京」テレビ朝日
  6. ^ 「政府批判の指摘こそ都合いい解釈」 桑田さん発言要旨,朝日新聞デジタル,2015年1月18日