ヤン=オベ・ワルドナー

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ヤン=オベ・ワルドナー Table tennis pictogram.svg
Jan-Ove Waldner.JPG
基本情報
生年月日 (1965-10-03) 1965年10月3日(51歳)
選手情報
最高世界ランク 1位
利き腕
グリップ シェークハンド
ラケット ワルドナーセンゾーカーボン
フォア面ラバー コッパJOゴールド
バック面ラバー コッパJOプラチナ
戦型 オールラウンド型
 
獲得メダル
 スウェーデン
卓球
オリンピック
1992 バルセロナ 男子シングルス
2000 シドニー 男子シングルス
世界卓球選手権
1983 東京 男子団体
1985 イェーテボリ 男子団体
1987 ニューデリー 男子シングルス
1987 ニューデリー 男子団体
1989 ドルトムント 男子シングルス
1989 ドルトムント 男子団体
1991 千葉 男子シングルス
1991 千葉 男子団体
1993 イェーテボリ 男子シングルス
1993 イェーテボリ 男子団体
1995 天津 男子団体
1997 マンチェスター 男子シングルス
1997 マンチェスター 男子ダブルス
1999 アイントホーフェン 男子シングルス
2000 クアラルンプール 男子団体
2001 大阪 男子団体
■テンプレート■ノート ■解説プロジェクト:卓球

ヤン=オベ・ワルドナーJan-Ove Waldner, 1965年10月3日 - )はスウェーデンの元卓球選手。世界選手権男子シングルス優勝2回、バルセロナオリンピック男子シングルス金メダリスト。1996年ヨーロッパ選手権男子シングルス優勝。よりスウェーデン語に近い発音としてヤン=オーヴェ・ヴァルドナーという表記も見られる。

人物[編集]

「卓球史上最高のプレーヤー」「百年に一人の天才」「キング・オブ・テーブルテニス」などと称えられている。ヨルゲン・パーソンらとともに1980年代後半から1990年代にかけてスウェーデン卓球の黄金時代を築いた。1997年世界選手権マンチェスター大会では、シングルス戦において1セットも落とさずに優勝を果たし、その名声をより強固なものとした。また、誰もがピークは過ぎたと思い、出場すら危ぶまれた(2002年9月に足を骨折して以降、長らく国際大会で結果を残していない状態であった)2004年アテネオリンピックで、当時の世界ランクは20位[1]にも関わらず、優勝候補であり世界ランクトップクラスの馬琳ティモ・ボルを連破してベスト4に食い込み卓球関係者を沸かせた。

母国スウェーデンでは国民的な人気があり、オリンピックの試合には毎大会、国王夫妻が観戦に訪れた程である。卓球人気が高い中国においても、中国ナショナルチームの前に長年にわたり立ち塞がった「偉大なライバル」として人気知名度ともに高い。なお、同ナショナルチームの主力メンバーであった孔令輝劉国梁とワルドナーとは個人的にも親しく、互いに尊敬する間柄である。ヨーロッパ日本を含む世界の卓球関係者からの人気も非常に高い。

趣味ゴルフであり、休日のほとんどをゴルフで過ごすようである。プライベートでも仲の良いパーソンとゴルフをすることもあるという。卓球は右利きだが、ゴルフは左打ちである。北京にスウェーデン風料理店を所有していたが、経営には失敗し店は売却した。

プレースタイル[編集]

「ワルドナータイム」と呼ばれる的確でゆったりとしたワルドナーのプレーは、しばしば「天才的」と評される。その特徴として身体能力の高さの他に、

  • 前・中・後陣どこからでも自分のプレーができるオールラウンド性と、剛柔を使い分ける多彩なテクニックをもつ。
  • 両ハンドからの自由自在なドライブ攻撃はパワーもあり、しかも深いコースを的確につくので相手が防御できない。
  • それらの多彩な技の中から、最適なプレーを一瞬の内に選択できる判断力、創造力。相手が予測できない意表をつくプレーをする。
  • 変幻自在なサービスの多彩さ
  • まるで、対戦相手の動きを先読みしてプレーしているかのような予測力、抜群の試合運びのセンス。
  • 鉄壁の守備力。相手の強打を確実にブロックしながら、逆にコーナーをついて翻弄する。凡ミスも極めて少ない。

などの点がよく挙げられる。また、20年以上に渡ってトップクラスの選手であり続けられた活躍期間の長さも特筆に値する。

主な戦績[編集]

参考文献[編集]

  • 『ワルドナー伝説』 イエンス・フェリッカ著 今野昇訳 卓球王国 ISBN 4901638076

王会元は1982年世界大会の団体戦でワルドナーと戦っていないと、弟子の河野通有に語っている

脚注[編集]

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外部リンク[編集]