ティモ・ボル

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ティモ・ボル Table tennis pictogram.svg
Timo Boll.JPG
基本情報
生年月日 (1981-03-08) 1981年3月8日(36歳)
選手情報
最高世界ランク 1位
利き腕
グリップ シェークハンド
ラケット ティモボル・ALC-ST
フォア面ラバー テナジー・05
バック面ラバー テナジー・05
戦型 ドライブ主戦型
 
獲得メダル
ドイツの旗 ドイツ
卓球
オリンピック
2008 北京 男子団体
2012 ロンドン 男子団体
2016 リオデジャネイロ 男子団体
世界卓球選手権
2004 ドーハ 男子団体
2005 上海 男子ダブルス
2006 ブレーメン 男子団体
2010 モスクワ 男子団体
2011 ロッテルダム 男子シングルス
2012 ドルトムント 男子団体
2014 東京 男子団体
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ティモ・ボル(Timo Boll、1981年3月8日 - )はドイツエアバッハ出身の卓球選手。身長181cm、既婚。

経歴[編集]

1995年のヨーロッパ卓球ユース選手権カデットの部で優勝、1997年、1998年にはジュニアの部で優勝を果たした。世界卓球選手権には1997年のマンチェスター大会に初出場、2007年のザグレブ大会まで9回連続出場したが2008年の広州大会、2009年の横浜大会は欠場し[1]、2010年のモスクワ大会で3大会ぶりに出場を果たした。世界選手権のシングルには長年出場していたが、格下選手に負けたりと毎回思ったような成績がなかなか出せなかったが、2011年にようやく自身初のシングルスのメダルを獲得した。ダブルスで準優勝1回、団体ではドイツの中心選手として活躍し、2004年以降彼の出場した大会でドイツは全てメダルを獲得している。

オリンピックには2000年のシドニーオリンピックから2016年のリオデジャネイロオリンピックまで5大会連続で出場しており、ドミトリ・オフチャロフらと共に団体で北京オリンピックで銀メダルおよびロンドンオリンピックリオデジャネイロで銅メダルを獲得した。シングルスではアテネでベスト8、北京以降は4回戦敗退。

ヨーロッパ卓球選手権シングルスで優勝3回、ヨーロッパトップ12で優勝4回、ワールドカップで優勝2回、ITTFプロツアーグランドファイナル優勝1回などヨーロッパのトップ選手であるだけでなく世界でもトップ選手の1人である。

人物[編集]

低迷する欧州卓球界の中で気を吐き、過去に7ヶ月に渡り世界ランキング1位を維持するなど、その実力を安定して発揮し続けていたが、その後持病である腰の故障に悩まされ、世界選手権を欠場したり、大舞台で格下に負けるなどその期待に完全には応えられていない。 しかし、2010年にはそのプレーに安定感が増し、中国の馬琳馬龍らをしばしば破り、2011年1月に7年ぶりとなる世界ランキング1位に返り咲いた。

プレースタイル[編集]

YGサービスなどの多彩なサービスからのラリーと、ループドライブからのラリーの展開を得意とし、正確無比のバックハンド、両ハンドでのカウンター、打点をわざと低くし、猛烈な回転の掛かったループドライブを多用する。クレアンガの様な、体全体を使ったパワフルなドライブでは無く、足腰を中心とし、手首を使い、安定感と威力を兼ね備えたドライブを放つ。台上技術も得意で、人差し指をラケットの真ん中に添えて打球するストップレシーブは抜群の安定度を誇る。

また、卓球選手では珍しく、左手から右手にラケットを持ち替えて打球する持ち替え打法の使い手でもあり、右手にラケットを持ち替えて打球しても、利き手と遜色のない威力である。

ワルドナーからは、アテネオリンピック終了後にそのプレースタイルを「彼はクリーンな卓球をする」と評された。

主な戦績[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 最強ライバルの独選手が棄権、中国代表やりがいがない”. レコードチャイナ (2009年4月27日). 2010年5月30日閲覧。

外部リンク[編集]