劉国梁

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劉国梁 Table tennis pictogram.svg
Mondial Ping - Men's Singles - Round 4 - Ma Long-Koki Niwa - 02.jpg
基本情報
生年月日 (1976-01-10) 1976年1月10日(41歳)
選手情報
最高世界ランク 1位
利き腕
グリップ

クリッパーウッド中国式

(中国式ペンホルダー)
フォア面ラバー クリッパ(表ソフト)
バック面ラバー メンドMP(裏ソフト)
戦型 前陣速攻型
 
獲得メダル
中華人民共和国の旗 中華人民共和国
卓球
オリンピック
1996 アトランタ 男子シングルス
1996 アトランタ 男子ダブルス
2000 シドニー 男子シングルス
2000 シドニー 男子ダブルス
世界卓球選手権
1993 イェーテボリ 男子ダブルス
1993 イェーテボリ 男子団体
1995 天津 男子シングルス
1995 天津 男子ダブルス
1995 天津 男子団体
1997 マンチェスター 男子ダブルス
1997 マンチェスター 混合ダブルス
1997 マンチェスター 男子団体
1999 アイントホーフェン 男子シングルス
1999 アイントホーフェン 男子ダブルス
2000 クアラルンプール 男子団体
2001 大阪 男子ダブルス
2001 大阪 混合ダブルス
2001 大阪 男子団体
■テンプレート■ノート ■解説プロジェクト:卓球

劉 国梁(リュウ・グォリャン、Liu Guoliang, 刘国梁, 1976年1月10日 - )は、中国・河南省新郷市生まれの元卓球選手。いわゆる「裏面打法」を本格的に取り入れた最初の選手として知られる。世界選手権・オリンピックの全ての種目で優勝し、90年代の卓球界をリードした名選手。2002年に現役引退後、国家隊(ナショナルチーム)のコーチに就任しており、翌年に総監督に昇進した。2017年6月に総監督の職から退き、中国卓球協会の副会長についた[1]

プレースタイル[編集]

「サービスは第一の攻撃」という理念を持ち、特にサービス技術に優れていた。戦型は中国伝統の表ソフト速攻型に裏ソフトラバーでの裏面打法を混ぜたものであった。3球目のために戻りを早くするために、右足を上げて勢いをつけ、そのまま身体を90度回転させるという独特のフォームからサーブを放ち、裏面でのフォアサービスも使用していた。また状況によって短いトスのサーブと投げ上げるサーブを使い分ける。フォアハンドは、ドライブからスマッシュに結びつけるというスタイルで、表ソフトでありながらも回転量の多いドライブを打つ力も持っていた。バックハンドはショートをベースにしながら、状況に応じて裏面打法と表面でのスマッシュを使う。裏面打法のパイオニアでもあるが、馬琳、王皓のとは違い主にプッシュとループドライブに対するハーフボレーを多用した。なお、フォアハンドを反転せずに裏面でドライブしたことがある。また、時折ラケットを反転させ、フォアハンドで裏ソフトラバーからのドライブを使うこともある。

エピソード[編集]

  • 現役時代、1度だけ坊主頭にしたことがある。2000年USオープンの男子シングルスで偉関晴光に敗れた直後、頭を丸めた。大会直後のシドニーオリンピックでは坊主姿でプレーし、単複でメダルを獲得した。
  • 2000年のシドニーオリンピック後に卓球のルール改正があった。ボールが38mmから40mmへの変更。劉国梁使用ラバー(スピンピップス)の改正。サーブ時にフリーハンドでラケットとボールのインパクトの瞬間を隠せなくなる。この3つは劉国梁殺しとよばれ、劉国梁を引退においやったとも言われている[2]

主な戦績[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 中国3選手が監督解任抗議か=卓球、時事通信、2017年6月24日。
  2. ^ ただし、中国卓球協会は、40mmボールへの変更を強力に推進していた。

外部リンク[編集]