イストヴァン・ヨニエル

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Flag of Hungary.svg この項目では、印欧語族風に、名前を名姓順で表記していますが、ハンガリー語圏の慣習に従いヨーニェル・イシュトヴァーンと表記することもあります。
イストヴァン・ヨニエル Table tennis pictogram.svg
Jónyer István (2019).jpg
基本情報
ラテン語表記 István Jónyer
生年月日 (1950-08-04) 1950年8月4日(69歳)
選手情報
利き腕
グリップ シェークハンド
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イストヴァン・ヨニエルIstván Jónyer, 1950年8月4日 - )は、ハンガリーミシュコルツ出身の卓球選手。1970年代の世界最高の卓球選手の一人といわれ、ティボル・クランパガボル・ゲルゲリーと共にハンガリー卓球三銃士と呼ばれた[1]

経歴[編集]

世界選手権では1971年の名古屋大会ダブルスで優勝。1975年のカルカッタ大会ではシングルス決勝でステパンチッチ(Antun Stipančić)にセットカウント2-0とリードされたところから3-2と逆転し優勝、ダブルスでも優勝、1979年の平壌大会では団体優勝を果たした[1]。ヨーロッパ選手権でもダブルスと団体でそれぞれ2度優勝している。またハンガリー選手権では1968年から1982年まででシングルス8回、ダブルス11回、混合ダブルス8回の計27回優勝している。国際大会では1984年までに331試合に出場を果たした。1996年の末にハンガリー卓球協会の副会長に就任した。

私生活では2人の子供がいる。

主な戦績[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 訃報 ベルチック氏が急逝”. 日本卓球協会 (2011年1月12日). 2011年5月17日閲覧。

外部リンク[編集]