マイク・ホンダ

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マイク・ホンダ
Mike Honda
Mike Honda, official portrait, 111th Congress.jpg
マイク・ホンダ
生年月日 1941年6月27日(74歳)[1]
出生地 カリフォルニア州
出身校 サンノゼ州立大学修了
所属政党 民主党
公式サイト Congressman Mike Honda

選挙区 カリフォルニア州第15区
当選回数 8回
在任期間 2001年1月3日 -

選挙区 カリフォルニア州第23区
在任期間 1996年 - 2001年
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マイケル・マコト・“マイク”・ホンダMichael Makoto "Mike" Honda[2]日本名:本田 実(ほんだ まこと)[要出典]1941年6月17日 - )は、アメリカ合衆国政治家カリフォルニア州に生まれ、現在、民主党のカリフォルニア州第15下院議員選挙区選出(シリコンバレーも包括)の下院議員。学歴サンノゼ州立大学修了学位Bachelor in biological sciences and Spanish及びMaster in Education

経歴[編集]

少年時代のホンダ(左端)。家族と共に撮影。
高校教師時代のホンダ。

1941年6月27日、太平洋戦争開戦直前にカリフォルニア州ソラノ郡のウォルナット・グローブに生まれた[1]。祖父母は熊本県出身で1900年代にアメリカへ移民しており、両親ともにカリフォルニア州生まれの日系三世である[3]。後に弟と妹が生まれる。

1942年太平洋戦争が勃発した中、利敵行為を防ぐために日系米国人を強制的に収容する政府の政策により、コロラド州日系人強制収容所に送られ、幼少期の14ヶ月間を家族とともに収容所で過ごした[3]。1953年に故郷のカリフォルニア州に戻り、イチゴ 農場に転じた両親とサンノゼに住み、小作農として働く。

サンノゼ州立大学生命科学スペイン語を専攻[2]。在学中の1965年ジョン・F・ケネディ大統領発展途上国援助のためのボランティア派遣計画に応じて大学での研究を中断し、南米エルサルバドル平和部隊のボランティアとして1965年から1967年に奉仕活動をおこなう[2]

1968年に大学卒業[2]。卒業後は理科教師になり、2つの公立学校で校長を務めた。スタンフォード大学で教育研究も行う。1974年にサンノゼ州立大学で修士号を取得[2]

1971年ノーマン・ミネタ市長よりサンノゼ市計画委員会に任命される。1981年、同市教育委員、1990年サンタクララ郡委員に選出。

1996年カリフォルニア州下院議会議員に選出、2001年まで務めた。

2001年からカリフォルニア選出の下院議員を務めている。2005年2月、民主党全国委員会副議長に選出。

2006年、イスラム教徒の下院議員が私的な就任記念パーティにおいてコーランに手を置いて宣誓する記念写真を撮影しようとして、保守系政治家らに「キリスト教の聖書に手を当てて宣誓する米議会の伝統に反する」と非難された際、「米国は多様性を受け入れなければならない」と反論する公開書簡を発表。[要出典]

2007年より下院歳出委員会に所属。アジア太平洋地域出身の米国議員総会議長を2004年から2011年まで務めた[4]

2007年1月末 米下院議員との共同署名で下院に慰安婦問題に対する日本政府の謝罪要求決議案を提出。

同年5月4日、終戦直後にアメリカの進駐軍が日本の政府や旧軍当局に売春婦の調達や売春施設である特殊慰安施設協会の開設を許可した書類が発見されたとAP通信が4日付で報じたことを受け、議会調査局に米軍についての調査を依頼。

2007年8月、すでに1993年に詐欺罪で指名手配をうけながら米民主党、特にヒラリー・クリントンの資金源として暗躍していた中国系アメリカ人ノーマン・スーNorman Hsu、徐詠芫)の逮捕後、スーから献金を受けていたホンダは、公開の謝罪と資金返還を余儀なくされた。なお、ノーマン・スー事件は、ヒラリーの大統領指名選敗北の主因となったとされる[5]

2009年に成立したバラク・オバマ政権では教育長官のポストに強い意欲を見せていたが、オバマはシカゴ市教育長のアーン・ダンカンを教育長官に指名したため、就任は実現しなかった。

政治活動[編集]

対日戦時賠償要求訴訟[編集]

1999年8月23日、ホンダが提案した非拘束の「対日戦後補償要求」決議(AGR-27)がカリフォルニア州議会で可決された[6]。1999年12月11日に東京都の社会文化会館で行なわれた「戦争犯罪と戦後補償を考える国際市民フォーラム」において、ホンダは「AGR-27(カリフォルニア州)決議は日本政府を困惑させるためにやったものではない、「APA(環太平洋)コミュニティ」結束の為にやった。」と述べたという[7]。同決議では日本政府に対し、南京大虐殺慰安婦問題などの第二次世界大戦中の戦争犯罪に対する明確な謝罪と犠牲者への賠償を要求している[8]

1999年にカリフォルニア州で成立した特例州法トム・ヘイデン法(ヘイデン法)にもとづいて在米日本企業を相手取り対日戦時賠償要求訴訟が多く行われ、請求金額の総額は1兆ドルになると言われた[9][10]。ホンダは同法を共同提案したと思われる[11]高山正之は州議会でのホンダの決議とヘイデン法の成立が連動していたことを示唆した[9]

人権問題に関して[編集]

ホンダは公民権運動を擁護しており、Congressional Asian Pacific American Caucus の議長を2004年から2011年までつとめ[4]、Local Law Enforcement Hate Crimes prevention Act of 2009 に賛成した[2]

慰安婦問題[編集]

ホンダは、旧日本軍の慰安婦並びに慰安所に関して「政策として女性や少女を誘拐して性奴隷にした」として、アメリカ軍が第二次世界大戦後日本で利用した慰安所(特殊慰安施設協会)とは同一視出来ないと主張している[13]

  • 慰安婦問題について、ホンダは日本政府への慰安婦に対する謝罪要求決議案(アメリカ合衆国下院121号決議[14]を米下院に提出している(直接の請願者はマイアミで慰安婦救済活動に取り組んでいるEvelina Galang[15]であり、ホンダは請願紹介議員である)。日本政府の謝罪を求める同様の一連の決議案は、過去5回提出されていずれも廃案になっており、2007年の6回目は今までになく注目を集めた。2007年6月26日、米下院外交委員会は賛成39票、反対2票の大差で決議案を可決。2007年7月30日に下院本会議で決議案が採決にかけられた。民主党のナンシー・ペロシ下院議長が決議案を支持すると表明し、共同提案者は168名に達した。採決時には議事進行簡潔化の為にサスペンションルール(議論の必要のない議案をすばやく可決するのに用いられる手法)が適用された。議場にいた10人は反対意見がないことを確認し決議は可決された。
  • 決議案は日本政府に対し下記4点を勧告している。(1)「慰安婦」として強要したことの責任を認めること、(2)公式に謝罪すること、(3)性奴隷化、人身売買を否定する声に日本政府が明確に反論すること、(4)この出来事を国民に対し知らせ、教育をおこなうこと。
  • 議案を推進する在米韓国・中国系市民団体の主張によると、1930年代から1940年代にかけ、20万人を超える朝鮮中国フィリピンインドネシア等の女性が拘束され、旧日本軍兵士へのセックス提供を強いられた[16]という。
  • ホンダは、『東亜日報』の取材の中では、「日本に恥をかかせ叩こうとするものではない」[17]「日本が名誉な評価を受ける国になることを心より願う」[18]と述べ、日本政府が責任をとり、公式謝罪を行い、過去をのりこえるよう求めている[19]
  • 2008年1月8日に訪日。民主党江田五月参議院議長、神本美恵子水岡俊一日本共産党紙智子仁比聡平と会談を行う。「従軍慰安婦の問題で日本人に罪を認めさせるのは、とても難しい課題だが、みなさんとセイム・ハート(同じ気持ち)だ」と発言した。[20]
  • 2009年8月12日、江原大学で名誉教育学博士学位を受けるために訪韓し、ナヌムの家を訪問した。
  • 2014年2月4日付で、慰安婦問題に関する正式な謝罪を日本政府に促す書簡を国務長官ジョン・ケリー宛に送付[21]
  • 2014年6月30日、河野談話の検証報告書の内容が、「日本軍による強制性」を否定するものであるとして、これを非難する書簡を民主・共和両党の下院議員17人と連名で駐米日本大使佐々江賢一郎宛に送付[22]。佐々江は書簡への返書の中でホンダらの非難に対し、「報告書は国会の要請を受けた対応で、民主主義の責任を果たす重要な手続きだ」と反論。河野談話を「見直さない」との官房長官菅義偉の発言を引用し、「日本政府は韓国政府と解決に向けた取り組みを続ける」と述べた[23]
  • 2014年7月3日、台湾総統馬英九とカルフォルニアで会談し、慰安婦問題について台湾側に「さらなる協力」を要請した[24]

政治資金・関連団体[編集]

韓国系団体との関連性[編集]

サンノゼを中心とするシリコン・バレーを選挙区(第15区)としている。同地域はスペイン系のほか中国系、韓国系、ベトナム系の住民が多く、アジア系の人口比率が米国本土では最高の29%を占めている[10]。支援団体には慰安婦問題でホンダと同調している日系アメリカ人団体のJACL(Japanese American Citizens League)とNCRR(Nikkei for Civil Right & Redress)がある[25]

2003年に韓国のハンファグループから費用等の手配を受け同僚の議員らとソウルに旅行をしていたことが発覚した[26]

Korean American Voters' Councilによれば、慰安婦問題をめぐる対日謝罪要求決議案[14]が採択された2007年から2010年にかけ、アメリカの上下院議員中、韓国系から最も多額の政治資金を集めた議員であった。その額は13万9,154ドルであった[27]

マイク・ホンダと連帯して下院決議案を推進してきた人物に韓国系アメリカ人のソー・オクチャ博士がいる。オクチャはワシントンに本拠を置く「慰安婦のためのワシントン連合」の会長でもあり、米地方裁判所に提訴した15人の慰安婦の裁判闘争を支援してきた[10]。2007年2月15日の公聴会でも、慰安婦人権保護支援組織のミニー・コトラーとともに陳述を行っている。

2014年韓国フェリー転覆事故が発生すると、在米韓国人コミュニティに公開書簡を送り、「このようなすさまじい事件による恐怖と喪失感は言葉で表すことができない。悲劇的な事件で命を失った方々を追悼し、家族らのために祈りを捧げる」と哀悼の意を表明した[28]

中国系団体との関連性[編集]

産経新聞古森義久記者は、中国系の世界規模の団体「世界抗日戦争史実維護連合会」、中国政府に政策提言する「人民政治協商会議広東省委員会」、日本の「残虐」を恒常的に糾弾する団体「アジア太平洋第二次大戦残虐行為記念会」、南京大虐殺紀念館を米国に開設しようという中国系組織の「中国ホロコースト米国博物館」などをはじめ、特に2006年の下院選挙の際には94名、約11万ドルの献金を中国系から受け取っていたと報道しており、ホンダが受けた献金のうち人数で21%、金額で30%が中国系からのものであると伝えられ、ホンダ議員の日本に関する一連の行動の裏にはその力が働いていると指摘している[29]。なお公表されているホンダへの献金額の個々のランクでは中国系とは関係のない労働組合、業界団体が上位を占めている[30]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b ワシントンポスト. “The US Congress Votes Database:Mike Honda(D)”. 2015年5月4日閲覧。
  2. ^ a b c d e f Asian Americans: An Encyclopedia of Social, Cultural, Economic, and Political History (2013) "Mike Honda" の項(著者 Jeanette Yih Harvie)
  3. ^ a b A congressman faces foes in Japan as he seeks an apology - ウェイバックマシン(2007年6月6日アーカイブ分) "Honda, a Democratic congressman and third-generation Japanese-American"
  4. ^ a b Asian American Caucus in Congress Gets New Chair Huffington Post 01/26/2011
  5. ^ MIKE McINTIRE and LESLIE WAYNE, Clinton Donor Under a Cloud in Fraud Case New York Times August 30, 2007
  6. ^ Measure Urges Japan to Apologize for Atrocities TERESA WATANABE, August 24, 1999
  7. ^ 松尾一郎 マイケル・ホンダ(Michael Honda)氏との対話)。
  8. ^ 産経新聞』(1999年9月4日付) 東京夕刊「異見自在」
  9. ^ a b 高山正之の異見自在、2001年01月27日産経新聞。[1]
  10. ^ a b c 秦郁彦. “米軍もさんざ日本じゃ慰安させ――朝日川柳――”. いわゆる従軍慰安婦について歴史の真実から再考するサイト. 「朝日・グレンデール訴訟」を支援する会. 2011年10月27日閲覧。
  11. ^ 山手治之「第二次大戦時の強制労働に対する米国における対日企業訴訟について」京都学園法学 33/34, 115-186, 2001-03-20。
  12. ^ AsianWeek.com: National News: Congressman Mike Honda To Visit China(ホンダ議員が訪中)Asianweek
  13. ^ "It's different," he said. "This is the military of the Imperial government, the Imperial military's policy, in capturing, coercing and kidnapping girls and women for the purpose of sexual slavery." “U.S. lawmaker wants probe of postwar brothels”. Japan Times. (2007年5月5日). [www.japantimes.co.jp/text/nn20070505a1.html オリジナル]の2011年10月28日時点によるアーカイブ。. http://megalodon.jp/2011-1028-2021-50/www.japantimes.co.jp/text/nn20070505a1.html 2013年10月20日閲覧。 
  14. ^ a b H. Res. 121 (110th U.S. Congress: 2007-2008)
  15. ^ Evelina Galangは呼びかけブログLABAN! Fight for Comfort Women 」の運営者である。
  16. ^ Congress backs off of wartime Japan rebuke(戦時の日本に引き返す国会非難?)
  17. ^ http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=060000&biid=2007020252308#top 『日本を糾弾する日系米国人の政治家 マイケル・ホンダ氏』] (『東亜日報』2007年2月2日付)
  18. ^ 『謝罪に手遅れはない 』 (『東亜日報』2007年2月10日付)
  19. ^ 第9回アジア連帯会議報告 [2]
  20. ^ 米下院「慰安婦」決議の提出者ホンダ議員が参院訪問 2008年1月9日(水)「しんぶん赤旗」
  21. ^ “慰安婦問題「日本の正式謝罪を」促す ホンダ下院議員が米国務長官に書簡”. MSN産経ニュース (産経新聞). (2014年2月6日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/140206/amr14020609180001-n1.htm 2014年7月4日閲覧。 
  22. ^ “河野談話検証「容認できない」 マイク・ホンダ氏ら米下院議員18人が非難の書簡、駐米大使に”. MSN産経ニュース (産経新聞). (2014年7月1日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/140701/amr14070110140002-n1.htm 2014年7月4日閲覧。 
  23. ^ “佐々江大使、マイク・ホンダ氏らに反論 河野談話検証非難の書簡に返書”. MSN産経ニュース (産経新聞). (2014年7月2日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/140702/amr14070215160005-n1.htm 2014年7月4日閲覧。 
  24. ^ 産経新聞 2014.7.6 12:32 馬総統が慰安婦問題で米ホンダ議員に「協力」約束 台湾、関連機関に連携指示
  25. ^ 東亜日報 2014.1.24 [3]
  26. ^ S. Korean Group Sponsored DeLay Trip (washingtonpost.com) 2005年3月10日付
  27. ^ "뉴욕시 출마자에 108만달러" 『The Korea Times』,2011年2月4日付
  28. ^ 統合ニュース 2014/05/01 08:57 ホンダ米下院議員 旅客船事故犠牲者に哀悼の意 [4]
  29. ^ 2007年3月15日 産経新聞(ワシントン=古森義久
  30. ^ MIKE HONDA: CAREER PROFILE (SINCE 2000) Top Contributors